東大生になってはじめての同窓会。「男の子なら大学進学、女の子なら不要」同級生の会話がジェンダー論で学んだ偏見そのものだった

東大生になったぼくに、「すごいね」とは全く言ってくれなかった

先日小学校の同窓会があった。

 

卒業して以来会っていなかった友人とは28年ぶりの再会だ。参加者のほとんどが、ぼくが芸人であることを知っていて、なおかつ東大在学中であることも認識していた。

 

でも、「すごいね」と全く言ってくれなかった。

 

2名ほど「おめでとう」と声をかけてくれたが、それだけだった。

 

東大生の99%が同窓会に参加する理由に「“すごいね”と言われたいから」と答えたという調査もある(さんきゅう倉田調べ)。だから、もし出会ったら言ってあげてほしい。

 

どうして東大を受験したのか、どんな風に勉強したのか、どんな学びがあるのかとか興味がないらしい。

 

そもそもぼくに全然興味がないのかもしれない。

 

みんな久しぶりの再会だ。

中学受験をして地元の中学に進学しなかった人たちが、どのような人生を歩んだか興味がある。

 

だから、ぼくは「どこの中学に行ったの?」「今はどんな仕事をしてるの?」などと聞く。

 

一方で、ぼくに「どんな学びがあるの?」と聞いてくる人はいない。以前も記事に書いたが、大学では久しぶりに会った友人から「最近どんな勉強しているの?」「面白い学びあった?」と聞かれることが多い。

 

そういう感覚を持ったまま昔の友人に会うと調子が狂う。

 

誰もが知的好奇心に溢れているわけではないのだ。なんなら他愛のないことをずっと話していたい。思い出話にずっと浸っていたいのだ。

 

 

「男の子には大学に行ってほしいけど、女の子は別にいいかな。お金もかかるし」

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