東大卒・宇宙飛行士が語る「学歴より大切なこと」──野口聡一が教える、収入と働き方の本質

2025.03.29 WORK

TOP画像:©合同会社未来圏

2005年のスペースシャトル・ディスカバリーの打ち上げで日本人として6番目の宇宙飛行士となった野口聡一さん。3回の宇宙飛行、4回の船外活動、2つのギネス記録など宇宙飛行士として精力的に活動。2022年に定年を前にしてJAXAを退職し、新たなキャリアをスタートさせています。

 

今回、刊行された『宇宙飛行士・野口聡一の着陸哲学に学ぶ 50歳からはじめる定年前退職』(主婦の友社)では野口さん自身の経験を元に、定年を前にして中高年はいかに生きるべきかが語られています。
野口さんはどのように定年前退職を決断したのか、中高年に勧める生き方とは何なのかお話を伺いました。

 

日本人は自己評価が低すぎる!?定年前退職で大切なのは「自分の棚卸し」

――本書では、定年前退職をするにあたって最初にすべきこととして、「自分の棚卸し」をすすめています。

 

野口聡一さん(以下、野口):私たちは、自分で思っている以上に、他人の評価軸に左右されています。わかりやすい例が受験ですね。受験っていうのは完全に他人の評価軸のもとで行われるものです。社会に出ても、会社では自分の仕事の満足度を他人の尺度で測られます。しかし、どんなに努力しても他人の尺度を変えることはできません。だからこそ、自分の価値や仕事の意味、達成度を自分自身で評価することが大切です。まずは、自分が評価軸を持つことが重要です。そのうえで、「棚卸し」をしていきます。

仕事を辞めると言うと、「いきなり何者かになれると思うなよ」とか「(転職は)厳しいぞ」といったネガティブな言葉を耳にすることもあるでしょう。しかし、しっかりと自分の評価軸を持っていれば、そうした言葉に惑わされることはありません。日本人には、必要以上に自己評価が低すぎる人が多いのです。

普通に働いていれば、実はできることはたくさんあり、どこでも通用するのに、「私なんてそれほど」と、自分の能力を正当に評価できていない人が多い。謙遜はもちろん美徳ですが、独り立ちする段階において、過度な自己卑下や謙遜はマイナスに働きます。思い切って自分の力量に「値付け」をする勇気が必要なのだと思います

 

――とはいえ、実際には自分自身の評価軸を見つけるのが難しい人も多いのではないでしょうか。

 

野口:評価軸は、結局は自分が大事にしている価値観と重なってくるものだと思います。それは、自分の存在意義とも言えるかもしれません。少し青臭い言い方になりますが、「社会に役立つかどうか」や「自分らしくいられるかどうか」といった点に行き着くのではないでしょうか。そこは別に他人からどうこう言われるところではないのです。

例えば、「朝から夜まで集中できる仕事がある」というのも、立派なコアバリュー(価値観)です。また、「自分の子どもに誇れる仕事をしている」というのも、重要なコアバリューでしょう。そして、その価値に対して、自分がどう評価し、点数をつけるのか。まずは、自分自身で自分に点数をつけることが大事なのです。

 

――つまり、他人や組織に評価されていた自分の価値を、自分自身のポリシーや社会との関わり方を基準にして再評価する、ということでしょうか。

 

野口:その通りです。本書のタイトルそのものが「定年前退職」ですので、組織から離脱して、会社や組織に縛られず、自分の価値を作り出そうというのが、最大のテーマなのです。そのためには、繰り返しになりますが、評価軸を自分に持ってくる必要があります。
なぜなら、組織人としての価値というのは、「収入」「アイデンティティ」「モチベーション」の三つしかないからです。一向に上がらない収入と、肩書きという居場所、そして出世でしか満たされないモチベーション。会社はこの三つしか与えてくれません。
これらは、自分のコアバリューになっていますか?なっていないですよね。

 

明日、会社がなくなるかも!?「動く」ことこそ、本当の安定

――先ほど、自己評価が低い人が多いというお話がありましたが、やはり50歳で定年前退職を決断するのは、勇気がいることだと思います。

 

野口:実は、皆さんが思っているほど、私も自分に自信があるわけではありません。若い頃は可能性はあっても実績がゼロ、一方で年齢を重ねると実績はあっても将来の可能性は徐々に減っていく。この2つのラインが交差するあたりで、多くの人が苦悩を抱えるのです。

30代の若い方は「可能性はあるけれど実績がない」ことへの焦燥感を抱きがちです。一方、年配の方は「これまで積み上げた実績はあるものの、それが今の価値につながっているのか?」という不安を持っています。「この事業はもう終わってしまった」、「今の時代には役に立たない」と感じてしまう。かつては大事だった「一太郎検定」の資格を持っていても、今や一太郎どころかワープロ自体がなくなってしまった。そうなると、自己評価が下がってきてしまいます。どの年代でも、一歩踏み出すことは決して簡単ではないと思います。

 

――本書の中で、転職してJAXAを離れた方たちを野口さんが訪ねる場面がありました。みなさんが「後悔していない」とお話しされているというのがすごく印象的でした。

 

野口:私たちは常に「現状維持バイアス」の中で生きていますので、結局は安定してればいいのです。安定は大事なのです。でも、本当に「動かないこと=安定」なのでしょうか?  社会は日々変化しています。毎日通っている会社が、明日も存在するかどうかは市場経済次第。自分が動かないと決めたことが、必ずしも安定を選択しているとは言えないのです。

「変わること」というのは不安定です。普通に考えれば、動いていることは不安定ですから、そこに不安を感じ、変わることに対する怖さもあるでしょう。ここで紹介したいのが……これは本には書いていないのですが、「怖さの実写化」という考え方です。これは、自分が怖がっていることを言語化し、具体的に明文化することを指します。

たとえば、暗闇は誰でも怖いですよね。何があるかわからないからです。でも、懐中電灯を当てれば、実は大したことはなかったと気づくかもしれない。同じように、「一歩踏み出す不安」を言語化し、何が怖いのかを明確にすることで、その怖さの本質を理解し、対処法を見つけることができます。これこそが、「棚卸し」の本当の意味なのだと思います。

 

――確かに、不安なときに今の状況ややるべきことを書き出すと、不思議と気持ちが落ち着くことがありますね。

 

野口:そう、「狼なんて怖くない」って思えるようになりますよ。狼は怖いですが、本当に狼が目の前に現れたらすぐに写真を撮ってインスタに投稿すれば、一躍有名人になれるかもしれません。そう思えば、怖いどころか、むしろラッキーですよね。

 

――視点を変えることで、状況の捉え方も変わってくるのですね。

 

野口:変化に対する怖さの正体は何なのか。それを「実写化」することで、「実は大したことないのでは?」と気づくこともあります。そして、この「怖さの実写化」を進めていくと、自然と「自分のポジティブな能力の棚卸し」にもなっていくのだと思います。

 

収入を安定させることと、会社員でいることは別の話

――本書の中で、野口さんの退職について、ご家族が自然に受け入れていたのが印象的でした。ですが、実際には退職に反対される家族も多いのではないでしょうか?

 

野口:これは世代によって考え方が異なりますが、私たちの世代では、男性がメインの働き手でしたので、家計の確保という意味で継続性を持たせるのは大事なことだと思います。それは大事なことなのですが、夫がある日突然会社から帰ってきて、「うちの会社が倒産した」と言い出すこともあるわけです。「ずっとこの会社に骨を埋めるつもりだったけど、来月にはなくなるらしい」って。

つまり転職しなくても収入が絶たれるリスクも大いにあるわけです。収入の確保や生活の継続性については、冷静にシミュレーションする必要があります。だからこそ僕は、本書ではファイナンシャルプランナーの話も取り上げたのです。お金の専門家に相談すること、そして辞める前にハローワークに行くことは、とても大切な準備です。

サラリーマンの最大のメリットは、来月も同じ給料が入ってくる可能性が高いことで、これは確かに楽な側面です。ただし、給料が増えないというのが問題なだけで。だから、「食える」という理由だけで、楽しみを完全に消しちゃって、夢を捨てて、薄給を受け取ることで満足するという、サラリーマンというのはそういう選択なのです。

 

――胸が痛いです。

 

野口:家族がいる場合、本人の意思で転職しようが、会社が突然つぶれようが、いずれにせよ収入が途絶えるリスクはありますので、それに備えた対策を打つ必要があります。いきなり辞めますと言って、その後収入がないっていうのは、家族という運命共同体に対して失礼にあたります。そこは確保する必要性がある。
「家族を養う」という言葉は、私はあまり良い表現だとは思いません。家計を同一にして暮らしている集団がある以上、その集団が継続可能なように家計を作っていくのは、それは仕事をする、しないに関わらず、責任があることです。ただ、それは「家族全員で考えるべきこと」です。

別に男性だけが外でお金を稼ぐ必要もないし、女性だけが家にいる必要もない。逆もそうです。収入に応じて、子供の教育費も含めてどれくらい使えるかっていうのはちゃんと割り振りをしないといけない。でも家庭経済の作り方と、生きがいとしての職業選択は必ずしも一緒ではない。ほとんどの場合にはそれを一緒にしてるいるから動けなくなっちゃうんですよ。

 

―そうですね。収入とアイデンティティと出世、という名のやりがいがワンセットになっている方は多いです。

 

野口:そうです。でも収入をちゃんと保つのに、会社員である必要は必ずしもないわけです。たとえば、農業をしてもいいし、株式投資でも収入は得られます。働き方の選択肢は、決して一つではないはずです。

家計が回るということと、会社員としての「収入」「アイデンティティ」「モチベーション」は、厳密にはリンクしていないのです。収入が確保できるなら、会社員でいる必要は必ずしもありません。「奥さん」と言われている人が働いてくれればいいのです。でも、多くの人はそんな選択肢を現実的に考えられず、「自分が働いて稼がなければならない」と思ってしまうのです。だから、組織人から抜けられないのですね。

 

本編では、働き方の選択肢は一つではないと教えてくれる野口聡一さんのインタビューをお届けしました。

続いての▶▶「『自分らしく生きる』ためには、どうすればいいのか。野口聡一が考える『組織を超えた人生のゴール』とは

では、野口さんが考える「子育て」と、自分らしく生きて幸せになるためのヒントについてお伝えいたします。

 

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク