【金子恵美さんインタビュー】議員時代に高市さんの下で働いた経験のある私が「女性初の総理誕生以前に感激したこと」とは?

2026.02.06 LIFE

政治家を志したきっかけは「地方自治に興味があったから」

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――そもそも政治家になろうと思ったのはなぜですか?

 

政治家を志したきっかけは父親の存在です。父親が新潟で村長をしていて、その姿を幼い頃からずっと見ていました。地方の首長の仕事は「街づくり」です。例えば小学校や中学校を新しく建設したのですが、そのとき地域の人がとても喜んでくれました。「村長さんありがとう」と感謝の言葉をかけてもらえると同時に、地域の方を笑顔にし、未来に資産も残せるとはとても尊い仕事だなと小さい頃から思っていましたし、自分もいずれは行政や政治の仕事がしたいと考えていました。

 

――お父様のように、地方自治や行政に携わる仕事がしたいと。

 

はい。父親は若い頃は地元を離れて証券マンをしていました。ところが、祖父が病気に倒れ、祖父も村長だったので遺志を継ぎ村長になったんです。父が36歳で村長になったとき、私は3歳でした。

 

父もそうであったように、政治家になるためには民間の経験が活きると思い、私も東京の大学を卒業した後、地元のテレビ局に就職。それでも「いずれは選挙に出たい」という思いは持ち続けていました。

 

――最初に立候補したのは何歳ですか?

 

29歳です。新潟市議会議員になりました。そこから数年後に新潟県議会議員になり、34歳のときに衆議院議員になりました。ただ先ほど言ったように、もともと私は地方自治や地方行政に携わりたかったんです。

 

なので、次期衆議院選挙の候補となる自民党支部長の公募に手を挙げるよう先輩議員から強く言われた時にはとても悩みました。地方議会でまだ働きたかったというのもありますし、何よりこれまで応援していただいた地元を裏切るような形になるのがいやだったんです。この時期が一番苦しかったかもしれません。

 

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【PROFILE】

金子恵美

1978年生まれ。新潟県出身。早稲田大学第一文学部卒業後、新潟放送勤務を経て、政治の道へ。村長だった父に憧れ、2007年に新潟市議会議員選挙に立候補し当選。その後、新潟県議会議員を経て2012年に衆議院議員に初当選。2015年に同じく衆議院議員だった宮崎謙介さんと結婚を発表し、翌年男児を出産。2016年には総務大臣政務官に就任。10年間の議員生活を経て、現在は政治評論家、コメンテーター、企業顧問を中心に活躍中。

【公式ブログ】金子恵美オフィシャルブログ、【YouTube】金子恵美チャンネルヒトトナリよろしいですか?【金子恵美とゲストが政治トーク】 も更新中。

 

撮影/中村彰男

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