「俺には親権がある!」別居後も続く夫の攻撃。調停の場で夫が放った驚きの発言とは
「親権」という名の攻撃
別居後も、夫とのやり取りは避けられませんでした。そのたびに、Aさんの心は削られていきます。離婚を切り出しても、夫は「絶対に認めない」の一点張り。
「今戻ってくるなら、何もなかったことにしてやる」
と送られてきたかと思えば、
「今すぐ連れ戻しに行く」
と脅迫めいたメッセージが届きます。
さらに夫はこう主張しました。
「俺には親権がある。今日、今すぐ子どもに会わせろ」「父親に会えない子どもが不幸になるのがわからないのか」「お前がやっていることは連れ去りだ。虐待と同じだ」
しかし、そこにはAさんが受けてきたモラハラの事実も、2歳の息子が父親の足音だけで恐怖に固まってしまう現実も、一切考慮されていません。
夫にとって問題なのは、自分の振る舞いではなく、「妻が勝手に出て行った」という事実だけ。それは彼にとって、自尊心を傷つける“侮辱”だったのです。
二人きりの話し合いでは前に進まないと悟ったAさんは、家庭裁判所に「離婚調停」と「面会交流調停」を同時に申し立てました。調停を申し立てたことで、「裁判所のルールが決まるまでは、直接のやり取りはしません」と、夫の攻撃を正当に遮断できるようになったのです。
なぜ面会交流に固執するのか
なぜモラハラ夫は、これほどまでに面会交流に固執し、「子どもが可哀想」と繰り返すのでしょうか。その背景にあるのは、「自分は正しい父親である」というセルフイメージを守りたいという強い執着です。妻に拒絶されたという“負け”を認めたくない。そのため、子どもを通じて妻と強制的に接点を持ち続けようとします。
また、「自分が会いたい」という欲求を「子どもの権利」という物語にすり替えることで、自分を被害者の立場に置き、妻を「子どもを引き離す悪者」に仕立て上げようとするのです。彼らにとって面会交流は、純粋な愛情の表現ではありません。それは、妻への優位性を誇示し、精神的に追い詰め続けるための“交渉材料”になり得るのです。
経済的自立という現実的な一歩
調停と同時に、Aさんは自立に向けて現実的な一歩を踏み出していました。職場復帰にあたり、あえて「フルタイム勤務」を選択したのです。「2歳の子を預けてフルタイムで働くなんて、子どもが可哀想だ」実家の両親からはそんな声もありました。しかしAさんは、何度もノートに収支を書き出しました。
いつまでも両親に頼るわけにはいきません。時短勤務で収入が足りず、「お金がないから夫の元へ戻るしかないのか」と追い詰められる未来は選びたくない。フルタイムで働き、経済的な余裕を持つ。それが精神的な自立につながると、Aさんは考えたのです。
「お金の不安は、心を弱らせる。お金の安心こそが、私と息子の自由を守る」
未来への漠然とした不安を、具体的な「数字」に置き換えたことで、覚悟はより強固なものになりました。
いざ調停、そこで見た夫の姿は… 次ページ
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