「学校に行ってみようかな」8年間不登校だった娘が、4ヶ月でバイト、英検に動き出した。その時、母が実践していた理論とは
バンジージャンプ理論を実践。4ヶ月後、Aさんが「自分で決める」を取り戻した
当然すぐにお母さんも待てるようになったわけではありません。最初は何度も声をかけてしまい、適切な距離感もわかりませんでした。迷う度に、私の発信を毎日聞き続け、心を必死に整えていたとお話していました。とくに気をつけたのは、これまでなら思わず口にしていた場面で、一度立ち止まることを意識していたといいます。
たとえば、
・自室から出てきたとき「学校どうするの?」と先に聞くのをやめたり、さらには圧のない表情や温度感を意識して声をかけるようにしたこと
・何か言いたくなったときは「なんのためにその言葉を発したいのか?」を自問自答し、自分の不安や恐怖による先回りの声かけではないか考えるようにしたこと
・不安になったときは、子どもに向かう代わりにノートに気持ちを書き出すようにしたこと
こうした小さな実践を積み重ねていったそうです。
すると2ヶ月経ったあたりから、明らかに子どもが自室から出てくる回数が増えてきました。そして会話が増えていきました。徐々に感じる成功体験を、しっかりとお母さん自身が噛み締めることで、待てる回数が増えていったそうです。
このバンジージャンプ理論を意識するなかで最初に変わったのは、Aさんの「迷い方」でした。以前は、迷う前に会話をすると固まっていたり、自室に引きこもっていたり。それが徐々に、自分の考えを話し始め、考える時間が生まれていきました。
すると3ヶ月経ったある日、Aさんがぽつりと「学校、少し行ってみようかな」と言いました。続いて「バイトも、やってみたい」「英検、受けてみようかな」と信じられない言葉の数々が飛び出してくるようになりました。どれも、お母さんが誘導したものではありません。子どもが「自分の言葉」で言ったことでした。
ここからがさらに大変な日々の始まりでした。上記のような前向きな言葉自体は、不登校の子どもたちはよく話すことがあります。けれど実際にそれを行動に移していくには、様々な障壁があります。今まで動かすことのなかった体力や精神的エネルギーの消費や他者との比較、動き出すことへの恐怖など。あげればキリがありません。
しかし、子どもが揺れても、余裕感を持ってお母さんが構えることで、子どもは崩れかけながらも何度も立ち上がることができました。お母さんにも葛藤はたくさんありましたが、今までここで余計なアドバイスやよかれと思った思考の押し付けをしてきたことを自覚し、程よい距離感で子どもの求めることだけを意識し、上機嫌でいることを徹底しました。そしてつまづきながらも実際に学校へ通い、文化祭に参加したり、バイトを始めたりするところまで辿り着くことができました。
「バンジージャンプ理論を実践し始めてから、4ヶ月。止まっていた8年間の時が動き出しました。もちろん、今でも揺れはあります。行けない日もありますし、私もまた元に戻るのではないかと怖くなる日もあります。けれど、その度に支えていけばいい、味方でいることが大事なんだと、気づくことができました。4ヶ月で起きた一番の変化は、通学という結果より、決める権利を本人に委ねられるようになったことだと思います」と、お母さんは言います。
▶すべての人間関係に通じること
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