退職金で住宅ローン完済は危険?「家はあるけど現金がない」老後破綻のリアル。現役世代のうちにやっておいたほうがいいこと
住む場所の検討は現役世代の間に!リタイアしてからでは遅すぎます!
父親が口にした売買代金は、素人の英雄さんでも相場よりかなり低いと感じる金額です。すぐにネットで調べると、近隣の売り物件より、ざっと3割は安いようでした。
「今は毎月賃料払っているんだろ? いくら払ってるんだ?」
英雄さんは15万円くらい払っているのかな、と予想していると、それのまだ上をいく19万円だと言います。相場からいえば、高くても12万円もしないはずです。毎月19万円払えば、1年で230万円ほどの出費です。
安価で売却したので、あと10年もしないうちに売却代金の方も大半はなくなってしまいます。72歳と69歳の夫婦なので、平均寿命どころかそれより早い段階で住む場所をなくす計算になります。
いつもは強気な父親が、英雄さんに詰め寄られて、ずっと下を向いたままです。これは責めてはいけない……、きっと相談できなくて、困っていたんだ、そう思いました。英雄さんが何も言わないので、父親はぽつりぽつり当時のことを喋り始めました。
「定年になって、退職金も思ったように出なくて、住宅ローンを完済するには足りなかった。しかも年金だって、65歳からしかもらえない。もともと貯金は1000万円もなかった。年金をもらうまでに、貯金はどんどん減っていってしまう。母さんと引っ越しも考えたんだが、家を買う金もないから賃貸しか選択肢はない。でも貸してもらえねえんだよ。それに引っ越し作業なんて、しんどくてできねえよ。」
「どうしよう……って思っていたら、リースバックというのを知って。電話したら営業マンが来てくれて、いろいろ説明を受けたんだが、よく分からんのよ。ただとにかくこのまま引っ越しせずにこの家に住んでいられるし、もうローンのことも考えずに済む。まとまったお金も入ってくるから、今まで頑張って生きてきたんだ、温泉くらい行っても罰あたるまいと思って」
相談しなかったのは、英雄さんに家の経済が全て知られてしまうことを避けたかったからです。それに、この年齢になって少しは旅行もしたい。全てを話してしまえば、そんな些細な楽しみも奪われる気がしたとも言います。
じっくり考えれば、あっという間に家計が破綻してしまうことは分かるはずです。でも70歳を超えると、長期的な目線で物事を考えられないのかな……。英雄さんはそう感じました。何か言えば、すぐに「うるさい!」と怒鳴っていたのも、いろんなことを聞かれたくないための強がりだったのかもしれません。
「もっと早くに相談してくれれば良かったのに」
喉元まで出かかりましたが、英雄さんはその言葉を飲み込みました。これが「老いる」ということなんだ、そう感じたからです。広い視野で総合的に判断する、しっかりしているようでも高齢になると目先のことで精一杯で、そんな判断能力が低下するということを目の当たりにしました。
結局、仕事を退職した後も、住宅ローンが残ってしまったことが、いちばんの理由でした。そして既に退職してしまっていたので、部屋を借りることもできなかったのです。
でも一般的に住宅ローンは35年で組むことができます。最初は途中で繰り上げ返済すればいいと思うかもしれませんが、実際に繰り上げ返済をどんどんできるのは、ごく一部の人たちではないでしょうか。マックスで借りてしまうと、毎月の返済に追われてしまい、結果として退職後もローンが残っているという状況になるのでしょう。自分のローン残高がいくらなのか、即答できる方は、そういないと思います。
家を借りるなら、ぎりぎり現役世代じゃないとダメなんだ、ということも英雄さんは知りました。リースバックもメリットもたくさんあるでしょう。ただそれらをしっかり把握・検討できるのは、現役世代のクリアな頭だからこそ。
そこも踏まえて自分の時には、50代で人生の後半戦の作戦会議が必要だ! それが分かっただけでも良しとしよう、そう考えないと居ても立っても居られませんでした。
■著者略歴:太田垣章子(おおたがき・あやこ)
司法書士、賃貸不動産経営管理士、合同会社あなたの隣り代表社員。30歳で生後6か月の長男を抱えて離婚、働きながら6年の勉強を経て2001年に司法書士試験合格。2006年に独立、2012年に事務所を東京へ移転し、2024年5月よりコンサルティングと情報発信を軸に現職へ。家主側の訴訟代理人として家賃滞納の明け渡し手続きを延べ3,000件近く担当し、現場重視で滞納者の再出発にも伴走する“賃貸トラブル解決のパイオニア”として知られる。「住まいは生きる基盤」を掲げ、“人生100年時代における家族に頼らないおひとりさまの終活”を提言。著書に『家賃滞納という貧困』、『老後に住める家がない!』、『不動産大異変』、『あなたが独りで倒れて困ること30』(すべてポプラ社)、『死に方のダンドリ』(共著、ポプラ社)などがある。
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