東大に通い始めて3年。「灘や桜蔭、筑駒出身者との出会い」をきっかけに起きた意外な変化とは。「まさか自分が!」「全然気がつかなかった」

学歴厨になるということ 

おそらくインターネット上で流行って市井に広がった「学歴厨」という言葉がある。語釈を記述するのは難しいが、褒め言葉ではないことは確かだ。ここでは「学歴が過剰に好きな人」という意味で用いることにする。 

 

先日、小学校の時の友人と4人で集まった。 そのうちの一人のお父さんが、東大卒だった。 

 

筆者「ねぇ、Aのお父さん東大だって。すごいね」 

A「僕じゃないよ。お父さんだよ。すごいかな?」 

筆者「すごいよ。全く知らなかった」 

A「親の大学って言う機会ないからね」 

B「うちのお父さんも東大だよ。お母さんも東大」 

筆者「え!!知らなかった。二人とも?Cの親は?」 

C「うちは1969年で東大入試がなかった年なんだけど、大阪大学主席だよ」 

筆者「みんなすごいね。どうしていままで言わなかったの?」 

A「そんなことよりいつからそんなに学歴厨になったの?」 

 

筆者はこのとき初めて、自分が学歴厨であることを認識した。今までこの連載で散々受験と東大のことばかり書いていても、学歴厨だとは思っていなかったどれだけ勉強を重ねても、自分を客観的に見るというのは難しい。

 

東大にいると、医学部生に畏敬の念を持ったり、成績が良い人間を尊敬したり、出身高校を聞いて「すごい」と言ったりする学生が散見される。筆者もそのうちの一人であるが、特に違和感を持たなかった。自分が目指している方向で自分より前にいる人に憧れを持ったり尊敬したり、あまりに手が届かない場合に畏れるのはおかしなことではないからだ。 

 

だが、一歩キャンパスの外に出れば、それは学力や学歴に対する過剰な信仰なのである。このように分析し、竹馬の友から「学歴厨」の誹(そし)りを受けようとも、激しく勉強しつづけた人間への敬意は揺るがない。 

 

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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

 

(「オトナサローネ」編集部)

 

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