「算数と国語の平均点が大幅にアップ」教師がクラスで実践したこととは、読み書き計算ではなく【菊池省三先生インタビュー】
「どうして菊池学級の成績が伸びたのか」
NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』で注目を集める、教育者・菊池省三先生は、かつて北九州市の教員だった頃、市の教育センター長からこう聞かれたそうです。実際に行っていたのは机に向かって暗記するような勉強スタイルではありません。「それで学力が伸びるの?」とにわかに信じがたいような方法です。菊池先生の新刊『足型をはめられた子どもたち』の中で、その理由について以下のようにお話しています。
「私がとるアプローチはたったひとつと言えます。『教室内のコミュニケーション』学年のスタートには学級目標を決めます。具体的には「一年後に言われたい言葉、言われたくない言葉」などといったテーマで話し合ったり、ホームルームではその日の日直のいいところをクラスメイト一人ひとりがほめたり、とおたがいをわかり合うことにより教室は子どもたち一人ひとりの居場所になっていきます。
子どもたちが教室に溶け込めば、教室全体の学力も伸びます」
コミュニケーションをとりおたがいの理解を深めることで、教室は子どもたちにとって安心して勉強に取り組める場に変化し、学習態度が変わっていくのだそうです。
「私は全国で行っている飛び込み授業でも、子どもが変わる様を目にし続けています。一コマずつの授業が多いですが、『ひとつのテーマについて話し合う』『教室を自由に動き回って、クラスメイトと話し合う』などといった授業方法を通じて、教室の雰囲気が変わることが何度もありました。
いまの日本の教育現場では、対症療法ばかりが考えられています。学力が下がった、いじめや不登校が増えている。そういった問題が起きた末に、あと追いで対策を考えることがくり返されているのです。全国学力テストを復活させたり、いじめや不登校に関して法整備を行ったり、全国的なアンケート調査を実施したりと」
『足型をはめられた子どもたち』という書名は、授業をしっかり聞かせるために、動くなという意味で机に下に足型が置かれた学校があったというエピソードからつけられたものです。聞けば学力テストの点数を上げるための強制的な対症療法だったと言います。
このエピソードに代表されるように、今学校教育は子どもを「型にはめる」ほうへ向かっていて、それが、ひいては近年問題になっている不登校児の増加「子どもたちが壊れる原因」につながっていると菊池先生は述べています。
今回は、千葉県・流山市内にある小学校にて行われた、菊池先生の飛び込み授業を見学させていただきました。そこで見られたのは、先生の授業を通して「前のめりに変化していく」子どもたちです。決して受け身ではなく、主体的に授業に参加する姿がそこにありました。
「誰が悪いのかを言いたいわけではありません。ただ、子どもたちが壊れる原因は見えています。
私は、荒れた教室を立て直す請負人として学級崩壊した多くの教室でコミュニケーションの授業を行い、1年ないしは2年で子どもたちが変わっていく姿を目にしてきました。なぜなら、『言葉が育てば心が育ち、心が育てば人が育つ』からです。
しかし、現状、子どもたちには公立小学校で『話す力』『聞く力』をつける教育がされていません。逆に学校の教育は、『型にはめる』ほうへほうへと向かっています。書名を『足型をはめられた子どもたち』としたのは、先に紹介した足型はすでに撤去されていますが、『足型』がいまの公教育の象徴と捉えているからです」
なぜ、「多様性」が叫ばれるようになった時代に逆行して、学校教育は「型をはめる」方向に向かっているのか。菊池先生に、その原因と解決方法についてお話を伺いました。
「多様性の時代」なのに、なぜ教室は変わらないのか
―ご著書を拝読し、今の学校教育の現実が「型をはめる」という方に向かっていて、「多様性」と言われる時代と大きくずれているという現状を知り大変驚きました。その原因はどこにあるのでしょうか。
「学校というのはご存じの通り、前に黒板があって、教卓があって、スクール形式で机と椅子が並ぶという形ですよね。ハード面は、昔と変わらず一斉指導のつくりになっているんですよ。ある知識・情報を一斉に何十人かに伝達するというスタイルをとっているわけです。
でも、多様性が叫ばれ、正解がないことをみんなで作っていく・考えていくような学びが重要視される現代において、あのスタイルはやはりおかしいわけです。今の授業の基本的な型は、『挙手』『指名』『発表』スタイルで、正解を出し、黒板に書いて、どんどん覚えていく、というスタイルなわけですよね」
―そのハード面が変わらない中でも、できることはあるのでしょうか?
「ハード面を変えられなくても、例えば、指名の仕方を工夫することはできますね。色んな意見が出てくるような多様な指名にして、椅子に座りっぱなしで授業を聞くのではなく、色々な友達と関わる場面を設定します。『ハード面』は変えられなくても、『活動』は変えられるわけです。
そしてテーマ自体を、『正解はない問い』にすると、子どもたちから多様な意見が出てくるので、コミュニケーションを取らざるを得ない状況が生まれるわけです」
―飛び込み授業で様々な学校を見られて、現実はそういったコミュニケーションの授業は行われていますか?
「ほとんどないですね。たとえば飛び込み授業で、教室に掲示されている子どもたちが書いた目標を見ると、『1時間で3回は手を挙げる』『1日5回は発表する』という内容が多いクラスがあるんですよ。一概には言えないですが、おそらく「正解を誰よりも早く言う」という授業をしているから、結果それに答えようとする子どもなりの健気な目標なんだと思うんです。『いろんな友達とコミュニケーションを取る』とか、『自分と違う意見の人とも話ができるように頑張る』という目標を書いている教室はまずないですよ。
学校の先生は、授業の中で『正解・不正解がある問い』をしていて、授業で手が挙がらない子というのは『不正解になるのがこわいから』ですよね。そして子どもたちはたいてい『我先に正解を言えばいい』と思っています。正解を誰よりも早く見つける、それが成績として数値化されて序列化されていく。その傾向が非常に強いんですね。
もう一つの問いとしてあるのは、『正解・不正解がない問い』です。考えて意見を作る問いですね。一人一人の違いが出てくるし、多様な意見が出てきて、実際はこっちの方がはるかに楽しいんですよね。また重要な学びですが、この中身の授業はほとんどないです。
そして、ひとりぼっちを作らないようにとか、人が話しているときには静かに聞く、など、皆が幸せになるようなルールや経験を積んでいくと、そのほうが自分たちが気持ちよく過ごせることを実感して、上から『静かに!』と命令しなくても、このほうが勉強に集中できるし楽しいと気づいて、おのずと学びが加速していくんですね。
もちろん正解・不正解を教える授業も大事ですし、主要教科は必要です。でも、特活とか道徳とかそういう総合的な学習、暗記で教え込むような教科以外にもっと本質的なことを教える授業があってもいいと思うんです」
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