『豊臣兄弟!』が描くもう一つのきょうだい物語――市(宮﨑あおい)の名場面を振り返る

2026.08.31 LIFE

織田家の誇りを胸に……。信長をあたたかく見守り続けた市

『豊臣兄弟!』はきょうだいの絆を軸に描かれる物語です。小一郎(仲野太賀)と秀吉(池松壮亮)を中心に展開しますが、市(宮﨑あおい)と織田信長(小栗旬)の深い絆も見所となっています。

 

信長は織田家の当主として圧倒的なカリスマ性を放つ存在ですが、立場上、他者に胸の内を明かせません。また、弟・信勝(中沢元紀)を自ら手にかけた罪悪感や、身近な者の裏切りにより疑心暗鬼に陥っていました。そんな信長も自分を理解する市の前でだけは素の自分をさらけ出せていました。

 

第2話「願いの鐘」にある、尾張統一を目指す信長の岩倉城攻めを案じた市が「本当は 苦しいのじゃ。きょうだいとは不思議なものよのう。お互いのことを 分かりたくなくても 分かってしまうことがある。私が今 苦しいのは 多分 兄上が苦しいからじゃ」と、秀吉に静かに吐露する場面は切ないものでした。小一郎と秀吉が互いの思いを察し合っているように、市も信長の思いを常に汲み取っていました。

 

また、市は信長の妹として織田家を守るために、自分の役割を自覚しながら、必死に生きました。例えば、第10話「信長上洛」には、市が浅井長政(中島歩)に嫁ぐ前、好きでもない彼に宛てる手紙の内容が思い浮かばないと、小一郎に代筆を頼む場面がありました。「私は 織田家のために嫁ぐのじゃ。何をどう取り繕うても 見透かされてしまう気がしてな」という台詞には、一国の主の身内としての重い責任、結婚相手を選ぶ自由がない女としての悲しさが投影されていました。

 

市は不安を抱えつつ長政と夫婦の契りを結びましたが、長政の愛に触れるうち、市の心にも彼への愛が芽生え、浅井家の嫁としての自覚が育まれていきました。しかし乱世の中で、二人の平穏な日々も外的な事情によりたちまち崩れます。浅井家の重臣や長政の父・久政(榎木孝明)の働きにより織田家との同盟は破綻し、市は最愛の兄・信長とも敵対する立場に立たされました。

 

第17話「小谷落城」では、信長への敗北を認めて切腹を試みたものの死にきれぬ長政に対し、市が「いつまでも あなた様をお慕いしておりまする」と告げ、涙を流しながら最後の一撃を加えました。愛するがゆえのその行為は、あまりにも悲しく、胸を締めつけるものでした。

 

そして、第33話「北庄(きたのしょう)城の別れ」では、市は柴田勝家(山口馬木也)と手を握り合い、北庄城の最上階から飛び降りて自ら命を絶ちました。本放送回で、市の台詞にあったように、市は長政と勝家という“自分にはもったいないと思える人”を夫とし、愛し、愛されました。茶々(井上和)ら三人の娘に語っていた通り、市は娘にも恵まれ、幸せな人生を歩んだのです。

 

城の最上階から飛び降りる直前、市は今は敵であるものの、かつて自分を支えてくれた小一郎と、その立派な家臣たちに優しい眼差しを注いでいました。その表情は優しく、彼らに未来を託しているようにも見えました。

 

 

『豊臣兄弟!』で創出された市

史実では乱世に翻弄された悲しき姫ともいわれる市ですが、『豊臣兄弟!』では信長や長政、勝家をしのぐほど勇ましく描かれる場面がいくつもありました。

 

第31話「これで、お別れにございます」には、小一郎と市が対峙する場面がありました。市が「兄上の志は 私が受け継ぐ。そなたらを止めることが…。いま一度 生きる力となった。礼を申す」と、歩み寄ってきた小一郎に潔く宣言した場面が圧巻でした。

 

市は清須会議に参加したり、信長の跡取りの選出にかかわったりできる立場にはなかったけれど、自分ができることを女に許される範囲で探し、自ら動いていました。「勝家。私をめとれ」(第30話「清須会議」)と勝家に自ら求婚したのも、その1つです。

 

とはいえ、戦国時代のジェンダー意識ならではの女性ゆえの苦しみも……。第32話「賤ヶ岳(しずがたけ)の決闘」では、茶々(井上和)に秀吉と敵対関係にある今の心境を尋ねられ、「怖い」と答えたうえで、「されど それ以上に 喜びに満ちておる。ずっと選ぶことの許されぬ宿命」「母は 今 生まれて初めて 己が決めた道を進んでいるのじゃ。これほど うれしいことはない」と答えていました。市にとっての己が決めた初めての道が、絶大な信頼を寄せ、心の拠り所としていた秀吉と小一郎の戦いになるというのは、なんとも悲しいことです。

 

本作には、信長が「お前が男であればのう」と市に告げた場面(第27話「本能寺の変」)がありましたが、筆者自身も“市が男だったら織田家はどうなっていたのだろう”と、思わず想像を巡らせてしまいます。

 

市は女性であるがゆえに、与えられた選択肢は限られ、男性の庇護のもとでしか生きられない立場にありました。それでも織田家のために、ときには自己犠牲を伴う決断を下し、懸命に奮闘していました。市のそうした心意気は、本作に女性の強さを投影していたように思います。

 

>>前編記事:戦国武将は洒落た死に方を望んだ?お市(宮崎あおい)と柴田勝家(山口馬木也)の予想外の最期と戦国時代の死生観【NHK大河『豊臣兄弟!』33話】

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