戦場で尿意・便意に襲われたら? 垢は「サウナ」で落とした? 知られざる【戦国時代のトイレ・お風呂事情】

2026.09.07 LIFE

戦場で尿意・便意を感じたらどうしたの?

人間は身分や能力にかかわらず、誰もが生理現象から逃れられません。戦国時代の武士たちも例外ではなく、重い鎧をまとって戦場に立つ中で、尿意や便意の問題に直面することもありました。

 

戦国時代、戦場や行軍中に排泄の必要が生じた場合、野原や草陰などで済ませていました。現代のようにどこにでもトイレがあるわけではありませんし、そもそも戦場という過酷な状況下で専用の場所で用を足すのは現実的ではないでしょう。

 

ただし、排泄行為をプライバシーにのみ気を付け、ある程度は好き勝手していたわけではありません。糞尿を見つけた敵に居場所や行動パターンを特定されるのを防ぐためです。同様の理由により、糞尿を陣中から離れた場所に捨てに行くこともあったと伝わっています。

 

武士は鎧や甲冑を脱がなくても用を足せる袴や下着を身に着けていました。袴は股の部分が割れていた(右股と左股が別々に作られていた)ため、しゃがむと股の隙間から用を足せました。また、当時のふんどしは前みつを緩めると、股間に隙間ができました。このため、股間に隙間を手早く作れ、用を不自由なく足せたのです。

 

戦国時代におけるトイレ

戦国時代のトイレは下に桶(おけ)を置いた厠(かわや)というものでした。ただし、身分の高い女性はおまるを使用していたほか、男性は式典のときなどは袴の下から銅製の尿筒を入れて用を足していました。

 

武田信玄のトイレは6畳もの広さがある畳式で、排泄物を風呂の水で流す水洗式だったといわれています。さらに、トイレの臭いを消すため、香炉を置いていたそう……。信玄がトイレで戦略を練ったり、各種書類に目を通したりしていたという逸話もあります。

 

とはいえ、豊かで利便性が高い現代人の暮らしと比べると、当時のトイレ事情は厳しいものでした。トイレットペーパーはなく、籌木(ちゅうぎ、ちゅうぼく)という木片でお尻を拭いていました。

 

ちなみに、戦国時代は、排泄行為の後で手を洗う習慣はなかったそう……。

 

 

>>信長は仲間と温泉でくつろいでいた?

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