戦場で尿意・便意に襲われたら? 垢は「サウナ」で落とした? 知られざる【戦国時代のトイレ・お風呂事情】
戦国時代のお風呂事情
日本人は先進国の中でもお風呂好きといわれていますが、日本人が湯舟につかるようになったのは江戸時代後半以降です。
戦国時代は湯船につかる習慣はなく、蒸し風呂が一般的でした。蒸し風呂は今でいうサウナのようなもの。ふんどし姿で入り、湯気で垢を落とします。現代と比べると入浴の機会が少なかったのは容易に想像できます。特に籠城の際は、水は生命を繋ぐために極めて貴重だったため、武士たちは垢で真っ黒な状態になることもあったと伝わっています。
日常生活において、湯舟につかる慣習がなかった戦国時代ですが、温泉はすでに存在しました。戦国武将の中には温泉を愛する者も多くいました。現代でも温泉で身体の痛みや傷を癒したいと考える人は多いですが、当時の武将は戦でボロボロになった身体を温泉で癒していたのです。
例えば、1578年の春、織田信長は前田利家や豊臣秀吉らとともに飛騨の温泉を訪れ、湯治を行ったという記録が残っています。現代でも部下や仲間とともに温泉でゆったりくつろぐサラリーマンはいますが、かの信長も同様のことをしていた可能性が高いのです。
また、伊香保温泉(群馬県渋川市)は武田勝頼によって始まりました。信長軍の鉄砲隊の活躍が有名な長篠の戦い(徳川・織田連合軍VS武田軍)に敗北した勝頼が、療養所の開設を命じたのが石段街の始まりと伝わっています。
つづき>>徳川家康(松下洸平)の壮絶な過去が明らかに。「奪われないために、奪う側になりたい」――傷ついた心は鬼を生むか、優しさを育むのか【NHK大河『豊臣兄弟!』34話】
<参考資料>
稲垣史生『戦国時代大全(KKロングセラーズ)』ロングセラーズ、2016年
岩本薫『戦国武将が愛した名湯・秘湯』マイナビ出版、2018年
小和田哲男、山田雄司 (監修) 『超リアル 戦国 武士と忍者の戦い図鑑』ジー・ビー、2020年
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