女性は身売り、男性は農労働へ……。鉄鎖で船底に押し込められた日本人奴隷貿易と秀吉の激怒【戦国時代の裏歴史】

2026.10.06 LIFE

国際交流には負の側面もあるが……。海外に売り飛ばされた日本人

戦国時代の日本はポルトガルを中心に海外との交流が盛んで、宣教師が船で訪れ、キリスト教が伝来しました。また、戦国大名は貴金属や陶器、日本刀、銀などを輸出し、鉄砲や火薬、中国製の生糸などを手にしていました。

 

そうした中で、人間そのものが“輸出品”となることもありました。日本人を奴隷として輸出するようになったのは、ポルトガル人が種子島に漂着した1540年代末頃と考えられています。日本人はマカオやインド、南米など各地に送られていたのです。

 

なお、奴隷として輸出される日本人は手足に鉄鎖をつけられ、船底に押し込められるなど、乱雑に扱われました。奴隷となった日本人はアジアの植民地で働かされたほか、傭兵として戦地に送り出されることもありました。また、女性は家庭内労働や性産業に従事させられることも……。

 

現代においても、日本人は“勤勉” “真面目”と外国人から評価されていますが、当時においても同様でした。ポルトガル人はアフリカ人奴隷よりも日本人を含むアジア人奴隷を、その勤勉さゆえに高く評価していたともいわれています。

 

この時代、日本人の中には自ら望んで、異国の地で奴隷として働く者もいました。当時は食うにも困る時代であったため、衣食住が保証される奴隷のほうが、今の暮らしよりもよいと考える人もいたのです。

 

 

▶日本人が南蛮船に詰め込まれる光景を目にした秀吉は……

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