女性は身売り、男性は農労働へ……。鉄鎖で船底に押し込められた日本人奴隷貿易と秀吉の激怒【戦国時代の裏歴史】

2026.10.06 LIFE

豊臣秀吉のバテレン追放令により、救われた日本人もいたが……

秀吉は九州平定のために訪れた地で、日本人が南蛮船に詰め込まれる光景を目にし、彼らの地獄の苦しみを察し、心を痛めたといわれています。そして、1587年にキリスト教の布教を禁じるバテレン追放令を発布。加えて1596年には、奴隷売買に携わった者の破門を宣言させました。

 

また、秀吉は以下のように主張したと伝わっています。

 

「私は商用のため当方地方に渡来するポルトガル人、シャム人、カンボジア人らが、多数の日本人を購入し、彼らから祖国、両親、子ども、友人を奪い、奴隷として諸国へ連行していることを知っておる。それらは許されぬ行為だ。よって、汝、バテレンは、現在までにインド、そのほかの遠い地に売られて行ったすべての日本人を日本に連れ戻すように取り計れ!私はそれに費やした銀子を支払う」

 

この文章からは秀吉の怒りが読み取れます。秀吉は日本人奴隷が解放されるための費用を自ら負担してでも、日本人を取り戻したいと考えていたのです。

 

秀吉の取り決めや命令により、救われた日本人は少なからずいるわけですが、秀吉は自国民に対する愛や情から発令したわけではないと考える識者もいます。日本人労働者が海外に流出すれば、田畑を耕す者はいなくなり、国の運営に支障が出ます。

 

奴隷として売られ、過酷な労働を強いられている同胞を秀吉はどう思っていたのか、本当のところは分かりません。現代における人権意識の価値観のもとでは想像しにくいでしょう。

 

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<参考資料>

岩田温『人種差別から読み解く大東亜戦争』扶桑社、2025年

日本史の謎検証委員会『新研究でここまでわかった戦国時代通説のウソ』彩図社、2026年

三澤信也『日本史の謎は科学で解ける』彩図社、2023年

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