生活保護も家族のことも言えなかった…追い詰められたヤングケアラーの高校生にクラスメイトがくれたもの

2026.10.27 LIFE

家族の介護や家事に追われる一方、生活保護を受けていることも、家庭で起きていることも周囲には言えない――。高校生だった清野孝弥氏は、誰にも頼れないまま心身ともに追い詰められていきました。

そんな彼を思いがけず救ったのは、コロナ休校中に偶然出会ったクラスメイトでした。

本記事では、生活保護世帯のヤングケアラーとして育った清野氏の著書から、孤独の中にいた高校生が、何気ない優しさによって「もう少し踏ん張ろう」と思えたエピソードを紹介します。

※本記事は書籍『ヤングケアラーの僕が東大に合格するまで: 家事、介護、そして勉強 それでも僕はこの家から東大に行く』(清野孝弥:著/東洋経済新報社)から一部抜粋・編集したものです

 

黄色い線の向こう側に

「新型コロナウイルスの感染者数は、本日も増加しました」

このニュースがどれほど絶望的だったことでしょうか。延々と続く地獄のような生活には終わりがありませんでした。当初予定されていた休校期間は3月、4月、5月と、際限なく延長されていきました。

5月のある日、途方に暮れた僕に、魔が差しました。いつものように両親は部屋で言い争いをしている最中でしたが、僕は、無言でその場を立ち去り、携帯と財布だけ持って、横浜駅に向かいました。

そのまま家に居続ければ、精神が崩壊してしまうと思ったのです。横浜駅に到着したのはお昼の12時ごろでした。

平日正午の横浜駅にはまったく人影がありませんでした。普段は、学生や社会人で埋め尽くされている横浜駅のプラットフォームですが、コロナ禍の影響で閑散としていました。

とりあえず僕は、自動販売機の横にあったベンチに座り、ぼんやりと外の景色を眺めてみました。

「なんで人生って、こんなに辛いんだろう……」

ふと口に出した途端に、ポロポロと涙が頰を伝っていきました。泣けば泣くほど、頭痛がする。それなのに、感情が抑えられませんでした。みんなはいまごろ、必死になって勉強をしているんだろうな……。

「毎日学校がないんだから、勉強してライバルに差をつけるチャンスだろ?」

Aくんみたいな受験生は、きっとそう言うんだろうな。勉強をしたくてもできない人、努力をしたくてもできない人。そういう人がいるなんて、想像したことないんだろう。

それで、大学受験に失敗して、就職に失敗して、生きられなくなったら、自己責任?頑張って生きている人が、馬鹿みたいじゃないか。こんな不条理な世界、やってらんねーよ。

ストレスのせいか、視界はぼやけ、めまいがしました。心が空っぽになった僕は、ベンチから立ち上がり、おもむろに線路のほうへと歩いて行きました。

静かなプラットフォームに、不釣り合いなほど大きな電車の発着音。とくに行くあてもなく横浜駅に来た僕は、とにかく電車に、どこか遠く彼方へ連れて行ってほしいと思いました。

だから僕は、線路に向かって歩き続けました。甲高い電子音が響き、無機質なアナウンスが流れ始めました。

「まもなく電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください」

左から、地響きとともに電車のヘッドライトが迫ってくるのがわかりました。止まらなければいけない。わかっていました。

しかし限界を迎えていた僕の身体は、まるでなにかに吸い寄せられるかのように、線路のほうへどんどんと引きつけられていきました。

「もう、ぜんぶ終わりにしようかな……」

駅員が「黄色い線の内側までお下がりください! 下がってください! 危ないですよ!」と必死に繰り返す中、僕はその声に背を向けるように、一歩を踏み出してしまいました。黄色い線を踏み越えた、そのとき。

「ねえ、なにしてるの?」

右後ろから、聞き覚えのある声がしました。ハッと驚いて振り向くと、クラスメイトの住田さんがいました。

僕のすぐそばを突き刺すように、電車が猛スピードで通りすぎました。制服姿の住田さんは、プラットフォームに降りる階段のところで立ち止まっていました。

「え……?」、状況が理解できなかった僕は、その場に立ちすくんでしまいました。

そんな僕を見て、住田さんは少しだけ引きつった笑顔を見せました。

「フラフラして、どうしたの? 大丈夫? 変な人かと思ったよ(笑)」

僕のほうへ近づいてきて、いつもどおり声をかけてくれました。まさか線路に飛び込もうとしていたなんて、夢にも思わなかったのでしょう。

「え、あ、うん……」
「久しぶり! こんなところで会えるとは思ってなかったよ」

相変わらず住田さんは、元気そうです。

「なんで横浜駅にいるの? もしかして泣いてた? 目が腫れてるよ? それに、何も荷物持ってないじゃん。どうしたの?」
「いや……ああ」

自分が悩んでいたことを、すべて住田さんに伝えてしまおうかと思いましたが、結局、言い出すことはできませんでした。

「生活保護のことは、絶対に言っちゃいけないよ」という母の言葉を思い出したのです。

「ちょっと寝不足だったのかも。ずっと家にいるのに疲れてさ、気分転換しようと思ったんだけど、とくに行くところもなくて……」

僕は、また噓をついてしまいました。

「……そっか、ずっと家にいるのは退屈だよね。じゃあ、いいこと思いついた!」

 

▶僕が家族のことで苦しんでいる間も…

続きを読む

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク