近藤サトの女のギアチェンジVol.3「逆説のススメ」

ハロウィンの仮装で、小さな女の子達がおとぎ話のプリンセスのドレスに身を包み、スカートを、ひらひらさせながら嬉しそうに歩いているのを見ると、こころから可愛いと思う一方で、『ほんもののプリンセスにはどう転んだってなれないのよ。』とこころの中でささやきます。

本来、プリンセスの資格は、プリンセスとして生まれたものにのみ与えられる特権。もちろん、いずれは誰もが「白馬に乗った王子との遭遇率0%」という事実に気づきますが、普通の人こそ、やっかいな幻想を捨て去るのはできるだけ早いほうが、後々の人生の軌道修正のためにはいいと思っています。

しかし「欧米化」のあおりか、おめでたいプリンセス幻想は、毎年のハロウィンを見る限り、現代もまかりとおっているようです。問題は、それを着せる親の方で、目先の可愛さに負けて、幻想の連鎖を娘に継承することのリスクも少しは考えたほうがいいかもしれません。

ただし、日本の昔話に登場するプリンセス(お姫様)は少し性質が違います。日本の姫物語は説教節なども下敷きになっているのか、暗く、お姫様は不幸な身の上が多いのです。人間じゃない設定も多く、竹から出てきた宇宙人だったり、妖怪や人魚、動物の化身もいます。よしんば人であったとしても、わが身の上を憂い自殺を図ったり、身代りに死んだりします。

 

さらに、苛め、差別、貧困など次から次に各種不幸もお姫様を襲います。読者は恐れ慄き、こんなお姫様ならごめんこうむりたいと願い、自分は庶民の子供でラッキー、人間に生まれて良かったと胸をなでおろすのです。

 

末摘花が最強のプリンセスな理由

日本の物語の中で、不幸極まりないお姫様たちが続々登場する代表作品が、「源氏物語」。光源氏という破滅型美系モンスターにこぞって翻弄されまくり、姫たちはみな、人生諦めるために生きているような有様。

しかし、そのお姫様たちの中に一人だけ、不幸を逆手に取り、逆説的に生き抜くお姫様
がいます。それが「末摘花」です。

常陸宮の姫君という高貴な身分なのに貧乏、不細工、不器用、無教養、ダサい・・。唯一、美しい黒髪は褒められますが、それも後年、白髪混じりになり、たったひとつの美点も失われてしまいます。

光源氏の温情で?囲われたとはいえ、男女の関係も無く、陰で笑われ、あろうことか存
在自体を忘れられることも。光源氏の女なのに、この人は一体なんなのでしょう。

通説では、末摘花は異色の存在として、滑稽なキャラクターの道化と笑うことも多いの
ですが、実は作者の紫式部は、末摘花こそが現実世界のマジョリティで、他の姫はマイノ
リティ、おとぎ話の幻想だと言いたかったのではないかと思います。

紫式部は、天才的頭脳を持った女性でしたから、女性が意志を持って生きられない時代
に憤怒していたでしょう。もしかすると末摘花は作者にとっての希望だったかもしれない
のです。

末摘花は、バカではなく自分の置かれた境遇や周りの評価をすべて承知しています。現実を受け入れ、いつも自身が歩むべき道を自身で選び取っています。たとえ笑い者になっても、自分を貫く末摘花には平安の読者もしっかりこころを寄せています。主役級ではないのに、物語の中に何度も登場するのはファンが多かったからとも言われています。

プリンセスなのにプリンセスの概念になにひとつ当てはまらない末摘花こそ、最強の
「逆接の女」であり現実の女なのです。
ただし、私たちはそもそもプリンセスですらないことは念を押しておきますね。