近藤サトの女のギアチェンジVol.4「憎しみ」のすすめ

「どうせ自分が女だから」から始まる女たちの愚痴や恨み言は、

私が会社に就職した30年前よりもむしろ今の方が増えているような気がします。

 

バブル後の90年代以降、「美しく幸せな専業主婦」という幻想を追い払い、

身を粉にして男性と対等なキャリアアップに必死に励んできたという自負がある女たちにとって、

今の状況は無情だと感じざるをえないからかもしれません。

ハラスメントも飲み込み猛烈に頑張っただけなのに、ぜんぜん報われた気がしないのはなぜ?

自分と男性社員との違いは「性別」だけといってもいいのでは?

周囲を見渡せば、同僚女性たちの諦観に満ちたつぶやきが。

 

「これでもう私は社長にはなれない」と捨て台詞を残して産休に入った同僚。

夫も子供もいて、なおかつ管理職に抜擢さ

れた先輩ですら「どうせ私はお飾りだから。」と眉尻を下げて自嘲するのはなぜ?

 

子供をあやしながら受験生並みに勉強して専門資格も取った。飲み会も行った。

ネイルケアも白髪染めもした。午後休取って会社から子供の保護者会にハイヒールでダッシュした。

 

独身生活も長くなったけど、仕事が生きがい。出張帰りの新幹線で開ける缶ビールが本

当に美味しい。

みんなマジで頑張ってるのに、ある日、男性部下が上司になった・・。

 

やはり負けましたね。意味が解らなくても「負けは負け」です。でもいったい何で

負けたのでしょうか?

 

それは「世間」に負けたのです。

 

ここで「さくらと一郎の『昭和枯れすすき』か~い!」とツッコミを入れた人は私と同世代です。

しかし敗北感を感じている女性たちは、決して自分の至らなさが招いた負けとは思わないことです。

でも「どうせ女だからいつか限界がくることはわかっていたわ」と、物分りよく大人ぶるのはいかがなものかと思います。

 

見切りをつけて、恋愛や家庭へシフトチェンジする前に本当にそれでいいのか?と問う

てみてください。

嫌なことを回避したり、忘れたり、自己忖度することも生存戦略の一つですが、それではいつまでも世間は女に無情のままです。

 

でも現状を変えることは難しい。そんな時私たちにできることは「憎みつづけること」です。

 

いきなり怖いことを言うようですが、自分に落ち度がないにもかかわらず、不当で、

かつなすすべもないならば、憎むしかありません。

きれいさっぱり忘れられるくらいのことならたいしたことではありません。

 

古来、生物的社会的に弱者であった女性は著しい無情を憎み、その声なき叫びをずっと繋いできたような気がします。

「私の屍を越えていけ!」とまでは言わなくても、女性の女性たる苦悩はヒトの誕生以来、脈々と続いているのかもしれません。

 

誤解してほしくないのは、憎む相手は「男性」ではなく「世間(社会)」だということ。

そしてあなたの悔しさ、憎しみ、執念はのちの人生の起爆剤なります。「正しい憎しみ」

は誰かを傷つけることなく、あなたを前へ進ませることでしょう。

 

堂々と憎んでいいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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