営業自粛「地元のフィットネスクラブ」に何が起きたのか?再開までの波乱万丈

2020.05.25 WORK

残る1都3県の緊急事態宣言解除も宣言される見込みですが、すでに解除されている自治体でも休業要請の範囲はそれぞれ異なります。

 

栃木、群馬、埼玉の3県でフィットネスジム5施設、ホットヨガ4施設を運営する株式会社ディーズの場合、栃木県足利市の2施設は5月19日に営業を再開しましたが、群馬、埼玉の7施設はまだ休業中です。

 

「コロナ禍でも従業員が辞めない」同社の社長・江原勇一さんに「この2ヶ月に何が起きたか」を聞きました。

 

資金繰りよりも大変なのは「人材」そのものだった

「大変かって? それはもちろん。この休業が大変ではない経営者なんていないですよ。とにかく言葉にできないくらい大変です。この上、次の事業も考えなければならないし」

 

むしろ自分の中では、問題はお金のことだけなんですよね、と江原さん。

 

お金は借りられる範囲で借りればいい。それよりも、従業員が辞めてしまうと取り返しがつかないんです。私個人に何かがあっても、誰かに事業を継承してもらえれば組織そのものはなくなりません。でも、失った人材はもう取り戻せないんです」

 

この、楽観的とも言えるコメントには、江原さんの過去の道のりが反映されています。

 

今から9年前に現在のディーズを設立した江原さんは、大学時代から「社長になる」と決めていたそう。自動車ディーラーを経て、30歳のときに人材派遣業の経営に参画、その後不動産業を営む義父の事業を買い取る形で独立しました。

 

念願の社長業ですが、買い取ったのは群馬県邑楽町にある古いフィットネスクラブ。人口規模も小さい町で、築20年を越えた施設はすでに建て替えが必要な時期。ただ建て替えるのではなく、より人口の多いエリアを狙って店舗を増やす以外に生き残る道のない、崖っぷちのスタートでした。

 

「資金の融資を受けるため、覚悟を示そうと頭を坊主にしたり、泥臭いことしかしていない(笑)。当時、子どもが生まれたばかりでしたが、丸2年は自分の給料が払えませんでした」

 

ようやく3年目、5店舗目で黒字化したものの、江原さん自身の仕事量は3店舗目の時点ですでにキャパをオーバーしていました。

 

「本当に体力、精神力ギリギリのところでいまの専務がきてくれて、やっと軌道に乗りました。勢いだけで店舗を作ってきたのに、ちゃんと会社になった。人材は宝といいますが、本当にその通りで、誰かに助けてもらわないと事業なんて運用できない。当時の綱渡りを考えたら、怖いものはないなと思います」

 

突き詰めて考えたテーマをブラさないことが大切

いっぽう、利益だけを考えれば、マシンを並べて24時間ジムを設置する方策もありました。でも、そうは考えられなかったそうです。

 

「人それぞれ、フィットネスに通い始めるきっかけがありますが、実は『運動が好きだから』という人は少数派。誰しも通わなければならないと思うきっかけがあるんです。フィットネスクラブは、それをきちんと聞き取り、かなえたり、解決したりしなければならない。

 

私がこの会社を継承した当時は、プールやマシンを設置すればお客が集まるから、あとは勝手にトレーニングしてもらえばいいという考えが多数派でした。でも、そうじゃないよねと思っていた私は、入会時にお客様の悩みや希望を聞くカウンセリングを始めました」

 

今ではおなじみのカウンセリングやパーソナルトレーナーも、当時小さな町では画期的なことでした。この背景には、生まれたばかりの子どもを育てながら不動産業に復帰した奥様の姿があったそう。

 

「働きながら、子育てしながら、これまでの自分とは違うリスタートを切りたい女性ってたくさんいますよね。私の妻もそうでした。だから、妻に『託児所があるといいな』と言われたら、すぐにクラブ内に託児所を作りました。託児所のあるクラブは今でも少数ですが、等身大の自分の世代のニーズに寄り添えなければ、自分が通えるクラブにはならない。会社の仲間とも相談し、突き詰めて考え、テーマそのものを『リスタート』にしました」

 

フィットネス業界にいながらも、トレーニングは好きなわけではないという江原さん。自分のような40代おじさんにも通いやすい施設を作り、体型に自信のない人でも大丈夫とメッセージを発信し続け、また健康の大切さを伝え続けたら、むしろ若い女性客がきてくれるようになったと笑います。

 

たとえば、今ではあちこちに増えたコラーゲンヨガですが、走りはディーズだったのだそう。コラーゲン生成用のレッドライトをホットヨガに使うという画期的なアイデアは、同社専務の下鳥さんが最初に持っていました。

 

「なぜ私たちのような地方のクラブが全国に先駆けてこうした新機軸を打ち出せたかというと、施設を作るだけ、運営だけというのをやめたから。せっかく通うなら成果をなるべく早く実感しないと続かないよね、という自分視点の欲に忠実だったからでしょうね」

 

コロナであらわになる経営者の「自分のあり方」

この先の20年で100店舗の全国展開を視野に入れているという江原さん。いま考えているのは、ショートレッスン中心で、30代40代がおしゃれに気軽に通える、商業施設併設のスタジオです。

 

「経営者は例外なく、このコロナで自分の内面に深く向き合っていると思います。私が気がついたのは、自分は守りに入るタイプだったいうこと。いろいろなことが心配になって、攻めに転じることができない。守りはある意味、誰がやっても同じだから、自分の代で展開させず、次の世代の有能な人たちに経営を継承していく流れを作ろうと決めました。同じようなマインドの変化は、経営者なら何かしら持っていると思います」

 

確かに、このたった2ヶ月で、自分の今後の人生が見えた、人生観そのものがクリアになった、ムダな迷いを削ぎ落とせたという声はあちこちから挙がります。

 

「大打撃は受けていますよ。ですが、実は私は、30歳での経営参画時に個人で3000万借り入れています。当時若干30歳の若造にはそんな額の借金、病むほどのプレッシャーでした。それに比べたら、いまは私はお金を借りてくるだけでいい、あとのことは会社の仲間が引き受けてくれる、なんとラクなのだろうと誇張なしに思います」

 

コロナ禍でのジム経営ですが、厳しい話は口にしないという江原さん。

 

「自己暗示もありますね。厳しいと口に出してしまうと、本当に厳しくなってしまう。だから、新しいお客様が入ってきてくれて楽しい、新しいスタッフが合流していっしょに伸びていくのが楽しいと、楽しいことだけ口にしたい。ベタな話ですが、結局は自分がもがいて、勉強して、そして人と出会いに行ったから、いまのスタッフたちがいてくれる。このコロナで、結局は勉強すること、行動することが大事だと改めて感じました。

 

とにかく、行動することです。私は10言われて10できるタイプではありません。絶対にその中の1つをすぐやります。直感で選んだ1つのことこそが、そのときの自分に必要なことだと思います。

 

たとえば、9年前に入会時のカウンセリングを始めたときも、そういう方法があるらしいと聞いたらすぐに頭を下げて教えを請いに行き、その方法を学びました。

 

言い訳をせず、たった1つのことだけ、すぐにやる。愚直に健康と向き合う地場のフィットネスクラブがこのコロナ禍を退職者を出さず乗り切れる理由は、ただ実行するというシンプルなマインドにあると思っています」

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