高嶋ちさ子、華原朋美との「あぜんとする」トラブル背景

高嶋ちさ子と華原朋美の周辺がさわがしいようです。

ことの発端は、「FRIDAY」(講談社)の報道でした。

高嶋ちさ子が華原に紹介したベビーシッターが、華原の長男を虐待している。哺乳瓶でミルクを飲んでる長男を、ベビーシッターが逆さづりにしたというもの。

 

不可解なことが多い?華原朋美ベビーシッター事件

常識的に考えたら、それはヤバいんじゃないかと思うわけですが、華原はシッターを解雇。華原の家に備え付けてあった監視カメラで撮った動画を高嶋に送ったところ、「これのどこが虐待なの?うちもこれ大好きでいっつもやってもらっていた(中略)もしもこれを虐待と取るのだとしたら、おかしいよ」と、「おまえがおかしい」で返されてしまった。

 

高嶋と言えば、毒舌ウリをしていますが、この件に関してはなぜか沈黙しています。このまま、世間が忘れていくのかと思いきや、華原が自身のYouTubeで「私の勘違いであり、そして、虐待ではありませんでした。そのことについて、ものすごく反省しております。大変申し訳ございませんでした」とお詫びをしたのでした。

 

勘違いならよかったねと言いたいところですが、華原は今にも泣きそうな顔をしており、明らかに尋常でない精神状態であることがうかがえる。おかげで「どこかから圧力がかかって、謝罪させられているのではないか?」という憶測が生まれたのでした。

 

巻き起こる批判、高嶋は応戦に出るも…

真相はさておき、こういう流れになると、印象で損をするのは高嶋側です。日頃はサバサバしたふりをしているけれど、陰険に人をいじめているじゃないか!とみる人もいるでしょう。

 

高嶋のインスタグラムには、「華原朋美ちゃんの件は、圧力でもみ消したんでしょうか?」「人のミスには怒鳴り散らすのに、自分が悪いとだんまりですか?」という厳しい言葉が並ぶようになってしまったのでした。

 

紹介してもらったベビーシッターの育児方法に納得がいかなかったことが、週刊誌に載ること自体、「おかしなこと」なわけで(シッター、高嶋と話し合えばすむはずです)、そこには何らかの“目論見”が華原、出版社側にあったのだと思います。

 

それは他人が考えてもわかることではありませんし、仮に高嶋がひどいことをしたとしても、他人がインスタグラムに辛辣な言葉を書き込んでいいわけでもありません。

 

しかし、高嶋は人前に出る商売なわけですから、そんなことも言っていられないでしょう。

 

高嶋はインスタグラムで「真実がわからない限りモヤモヤでしょうが、時期がきたらきちんとお話します。ので、よろしくお願いします」とアナウンスしたのでした。ま、たぶんそんな日は来ないでしょうけど、お子さんにケガがなくてよかったです。

 

仲のいい女友達が「合わなくなる」理由は2つある

華原は少し前から“親友”として高嶋のインスタグラムにちょいちょい登場していましたが、この組み合わせに違和感というか、もっと言うと不穏なものを感じていたのは私だけでしょうか?

 

2014年放送のNHK連続テレビ小説「花子とアン」。「赤毛のアン」の翻訳で知られる村岡花子の一生を描いたものですが、花子と美貌の歌人・柳原白蓮の友情が軸となっています。

 

従来の朝ドラだったら、主人公が苦しいときに支えてくれるのは夫や子供という家族だったはず。しかし、このドラマではピンチの時はオンナ友達がすっとんで来てくれるのです。このドラマを機に、多くの女性誌が「オンナの友情はいい!」という特集を組んでいたことを思い出します。

 

その一方で、最近の女性誌ではちょくちょく「オンナの友情」の難しさが語られています。すごくよくて、すごく難しいもの、それが友情というやつではないでしょうか。

 

私の経験から言うと、収入などあらゆることが「だいたい同じ」でないと、友情は続かないと思います。

 

自分の人生がうまくいっていないときは気持ちも後ろ向きになるので、友達の悪意ない、ささいな言葉に過剰反応してしまったり、置かれている環境が違って話が合わなくなることは避けられないでしょう。違いをはっきり感じたら、ほどほどの距離をとったほうがいいのではないでしょうか。

 

「かわいそう」が動機の関係性が必ず破綻するワケ

もう一つ、ひそかなポイントではないかと私が思っているのが、「相手のことをかわいそう」と思ったら、それは終わりの始まりということです。

 

高嶋は結婚してお子さんも名門校に通い、バラエティーにひっぱりだこ、ヴァイオリニストとしてのコンサートは満員御礼が続くなど、充実した日を過ごしていることでしょう。それに対して、華原は音楽業界が厳しいこともあって、全盛期の輝きは取り戻せていません。

 

モテても安定した恋愛には結びつかないようで、写真週刊誌に載ったお相手は、妻子持ちのリッチなおじーさん。華原は昨年の夏に出産しましたが、父親にあたる男性とは結婚していないなど、なんだかワケありの様子です。

 

もし高嶋が華原のそういう状態を「かわいそう」と思って、いろいろ世話を焼いてあげていたのなら、そりゃうまくいかなくてもしょうがないでしょう。だって、それは友情ではなく、施しですから。

 

人が集まれば、序列はどうしてもできますから、上下が生まれることは仕方のないことだと私は思っています。問題は、それをどう受け止めるかだと思うのです。「下の人とはつきあいたくない」という人とつきあってもうまくいかないでしょうから、この差別的な考え方はある意味平和的です。

 

厄介なのは、「あの人は私より下だから、優しくてしてあげなきゃ」という優しい見下しだと思うのです。こういう場合、意見が決裂したときに「あんなにやってあげたのに!」と「飼い犬に手をかまれた」と話が必要以上にややこしくなってしまうのです。

 

そもそも、あの華原が本当に高嶋より「下」なのか?

心理学の世界では、理論的に説明できないことは思い込みと解釈するそうです。たとえば、高嶋と華原の場合、同じ日にCDを発売してセールスを競えばどちらが上かははっきりするでしょう。

 

が、そもそもクラシックとポップスは違う畑ですから比べられないですし、同じ日にセールスすること自体、非現実的だといえるでしょう。つまり、どちらが上かはわかりません。

 

華原は出産はしていますから、高嶋と同じお母さんなわけですし、助けてくれる人だっていないわけではないのです。

 

今回の虐待騒動は、華原の家の監視カメラの画像が“証拠”になったわけですが、「週刊文春」の取材に対し、華原はカメラをつけるようにすすめてくれた人を「大企業に勤めている人で、次期社長だと言われている友達」と話していました。つまり、孤独でもかわいそうな人でもないのです。

 

子どもの貧困など、「かわいそう」と思える案件は世の中にたくさんありますし、できる範囲で手助けしたいと思います。しかし、自分のそばにいる他人が、はっきりした証拠もないのに「かわいそう」に思えたときは、私自身の驕りや慢心の表れだと思います。

 

昭和の歌姫、美空ひばりセンセイの代表曲「柔」に「勝つと思うな 思えば負けよ」という一説がありますが、今が順調だからこそ、高嶋は気を付けて行動すべきなのかもしれません。

 

 

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