【連載小説】あなたのはじめては、わたしのひさしぶり(2)
そういうの、いらない
経理から移動してきた高坂くんは、意外なほどきっぱりした声で、歓迎会を断った。
「あ、僕、歓迎会とか、そういうの、いらないんで」
そんなことを言う人は、初めて見た。
新しい部署で早く仲良くなるためには、みんなで飲むのが一番だと思うのに。
「困るわ、それは」
幹事の沙奈が顔をしかめる。
「今日の飲み会は、久しぶりのフロア全体の飲み会なので、みんな、楽しみにしてるの。お正月からずっと集まってないのよ。主役のあなたがいなかったら、歓迎会が開けないから、みんな残念がるわ」
沙奈は淡々と説明している。
怒っているのだ。怒っている時の彼女は、ロボットのように感情を見せなくなる。
歓迎会なのに、肝心の主役がいないまま飲むわけにもいかない。
沙奈がイライラするのは当たり前だ。
「わかりました」
高坂くんは、渋々という感じで頷いた。
「僕は無口で、あまり話さないですけど、それでもいいなら、出ます」
彼もなんだか少しムッとしているようだった。
ひとりうつむいて
歓迎会の最中、私は、高坂くんの顔をチラチラと見ていた。
(なんか、変わった人が、入ってきたなあ)
居酒屋の一番大きな個室に集まった数十人の隅で、たったひとり、うつむいてスマホをいじり続ける硬い表情の宮坂くんがいた。
彼がみんなの前で発した言葉は「よろしくお願いします」だけで、乾杯が終わった後は、うつむいて、隅のほうでスマホをいじったままだ。
部長が、気を使って、高坂くんに質問する。
「それで高坂くんはどうなの? 彼女とかはいるの?」
高坂くんは、じっと部長を見つめたまま、はっきりと言った。
「彼女なんて、いませんよ」
「なんで別れちゃったの」
「なんでって……」
彼は一瞬言葉に詰まる。
「別れたこともないんです。恋人がいたことなんて、ないんで」
彼の発言に、みんなは湧いた。
「何? 彼女いたことないの?」
「ってことは、清いカラダ!?」
「28歳って言ってたよね?」
「経験ないの?」
「キスくらいした?」
口々に質問を浴びせられた高坂くんは、すっ、と立ち上がり、
「ちょっとトイレ行ってきます」
と、出て行ってしまった。
思わず私は、後を追った。
ひとりでも平気
高坂くんは、トイレにつながる長い廊下の途中で、立ち止まってスマートフォンをいじっていた。
後ろから近づいて、ひょろりとした彼の背中をポン、と叩く。
「スマホ、好きなのね」
振り向いた彼は、驚いたのか、それをぽろっと、取り落とした。
「あ、ごめんね」
拾った私に、彼のスマートフォンの待ち受け画像が、目に入ってきた。
「……ヤバイよ、あの子」
席に戻った私に、沙奈が耳打ちしてきた。
「何がヤバイの?」
「あの子が前にいた経理の子に聞いたの。付き合い悪くて、全然イベントや飲み会にもでてこないんだって」
「へえ……」
高坂くんは、また、隅のほうでスマホをいじっている。
先ほどの衝撃発言のことは、あまり突っ込まれたくないのだろう、とみんなもなんとなく感じたらしく、彼は、ほったらかされている。
最近の若い人は付き合いが悪い、と、どこかの記事で読んだことがある。お金もあまりないし、ひとりぼっちも平気だから、飲み会に参加したがらない、と。
彼もそういうタイプなのだろうか。
「困っちゃうよね、協調性ないのって」
沙奈がため息をついた。
「自分のことばかりで、周りに思いやりがないような人だと、やりづらいな」
「悪い人じゃないと、思うけど……」
さっき拾った時に見た、彼のスマートフォンの待ち受け画像を思い出す。
彼は本当は、いい人なんじゃないかという気がしてならなかった。
可愛いプードルがこちらを親しげに見つめている画像だったから……。
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