ただ、せつなくなり、そわそわする。40代独女の久しぶりの恋【年下小説・あなわた#5】

2017.06.06 LOVE

【小説・あなたのはじめては、わたしのひさしぶり vol.5】

長い間ひとりで過ごしていた私の部署に、年下の男性が配属されてきた。歓迎会に誘っても「そういうの迷惑なんですよね」と言い放つ、協調性のない若い男の子。

(この小説の一気読みはこちら)

 

 

 

彼はダメなの?

 

胸の一番奥のところが、締めつけられる。

でも、全然苦しくはない。

ただ、せつなくなり、そわそわする。

こんな感じは、久しぶりだった。

 

「気になってるみたいだね」

デスクに戻った私に沙羅が近づいてきて、背中をつつく。

「あいつ、面白い?」

「面白いっていうか、お互いに犬を飼ってるから、話が楽しくて」

「すごいよね、前いた部署でもほとんど話さなかったらしいのに、犬の話なら、心開くんだ」

 

高坂くんは、ミーティングで会議室にいるから、私たちの会話は聞こえない。

「でも、前にいたとこでもろくに話しなかったみたいだし、なんか機嫌にアップダウンありそうだよね。気をつけたほうがいいよ」

「気をつけるって?」

「あんまり関わると、ビシッと傷つくようなこと言われそう」

「そう、かな?」

 

彼は、仕事はちゃんとしているみたいだった。

誰かに仕事のことで怒られているのを見たこともない。

会社はサークルじゃないんだし、必要以上に仲良くしたくないという人がいても、いいんじゃないだろうか。

 

かなしい記憶

 

うちの会社は若い社員が多いので、みんなで飲みに行くことも多い。でも全員がそのノリに従わなくてもいいと思う。

私も、うちの会社の友達ノリは、あまり好きではなかった。

一度、その雰囲気に浸り、同期の男性と付き合って、そして、フラれたことがあるから。

もう絶対社内恋愛しない。

あの悲しい経験から、そう固く心に決めている。

 

あの瞬間は、不意にやってきた。

急に、彼にLINE返信するのが面倒になった。

会社で毎日顔を合わせているのに、週末も会うのがおっくうになった。

ただのマンネリだと自分に言い聞かせようとしたけれど、無理だった。

 

あの人ともう話すことなんて、何もない。

そう思ったら、会社で顔を合わせるのも気が重かった。

 

結局、自然消滅みたいなものだった。

距離を置きたいと言う私を、彼も止めたりはしなかった。

だから特にこじれずに別れられ、今でもその元彼と社内ですれ違ったら、時には会話もする。

 

社内恋愛は、相手と別れても遭遇してしまうから、今でも気分は複雑なままだ。

 

 

もっと話したい

 

それなのに、また、同じ職場の人に、惹かれはじめている。

もっと話してみたいなと、高坂くんのことを考えはじめている。

 

沙羅に「なんでアイツ?」と言われたように、私もどうしてなんだろう、と考えてしまう。もっとみんなから好かれている人のことを、気にすればいいのに。

 

そんなことを考えていたら、高坂くんがミーティングを終えた。席に戻ってきた彼と、目がカチリと合う。

あっ、と思った瞬間、彼が近づいてきた。

 

「そういえば、犬の名前、なんていうんですか」

「ミミだけど……」

「へえ、うちのはサユリって言うんですよ。なんか人間みたいですよね」

「ねえ……高坂くん、私の名前は知ってる?」

「あっ」

彼はしまった、というような顔をしている。

「苗字くらいは言える?」

「……すみません」

 

私は笑ってしまった。

彼はどうやら、私じゃなくて、私の実家の犬が、気になっているようだった。

 

 

(これまでの話はこちら)

 

 

 

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