「閉経は遅いほうがいいな」と考える人が「今すぐやめるべき」ことって?実は「痩せていないほうがいい」
川崎医科大学産婦人科特任教授の太田博明先生にご登場いただき、前編記事『もしかして更年期は「45歳スタート」ではない?閉経平均年齢を「50.54歳から52.1歳に」認識変更すべきこれだけの理由』では閉経平均年齢が後ろ倒しに変化しているという話をお聞かせいただきました。
「もうひとつ、閉経が早く起きる『早発閉経』についても『閉経年齢』同様に変遷があります」と太田先生。
初潮は早くなり、閉経は遅くなっていて、さらに早発閉経まで変わってしまうの??
その内容も太田先生に詳しく伺いました。
遅くなっていった閉経とは逆に、早発閉経は「早くなっていった」。その経緯は?
――まず、早発閉経とはどういうものなのかを教えてください。
その名のとおり「何らかの要因で早く閉経を迎える」状態です。では、「何歳なら早いのか?」という点が専門家の間でも長年議論されています。
たとえば、2010年の日本産科婦人科学会誌62巻1号には文末に*引用したとおりの記述があります。当時日本の産婦人科領域では早発閉経は「43歳未満」が定義でした。いっぽう、同時期の国際的な定義は「40歳未満」。ホルモンなど内分泌にまつわる医学を総括する日本内分泌学会でも「40歳未満」としていました。
少しさかのぼり、2002年9月の日本産科婦人科学会誌54巻9号の「早発閉経の病態と取り扱い」では「病名としての早発閉経は一般に40歳未満の自然閉経と定義される」とあります。
ちなみに、日本内分泌学会では早発卵巣不全(早発閉経)を「40歳未満で卵巣機能が低下して無月経(月経が3ヶ月以上無い状態)となった状態です。早発卵巣不全には、永久に月経が停止するタイプ(早発閉経)と、卵巣に卵胞が少数存在するため非常に低い頻度ながらも卵胞発育や排卵が起こるタイプの2つが有ります。ただし、両者の鑑別は困難です」と定義しています。
――同じ学会内でも、早発閉経の定義年齢がいったりきたりしているのですね。閉経の話と同様に、どの時期のどういうデータを参照しているかで差が出てしまうのでしょうか?
諸説ありますが、日本産科婦人科学会の中でも論争があり、統一されていなかったのです。そもそも、かつてはこの早発閉経の状態も「不可逆的」、つまりいちど閉経したらもう月経は再来しないと考えられてました。
でも、実は発生することを私たち医師は体験していました。たとえば私が2008年に治験を担当した大豆イソフラボン代謝産物のホットフラッシュと肩こりの臨床治験では、「40歳以上で1年間以上無月経」つまりもう月経はこないとされていた方々の「月経再来」を30例くらいの中に3例も経験しました。別の研究の担当医師も同様の経験を認めており、その先生と「教科書通りではないのだ」と確認しあったものです。
最近では早発閉経発生後の排卵・妊娠・分娩例が報告されるようになっています。もっと若い年代の閉経であるならば、その再来で、このようなことが起きても不思議ではないと思います。
日本産科婦人科学会が訂正したのは2019年6月の生殖・内分泌委員会でした。新たな定義では「早発閉経とは、40歳未満で卵胞が枯渇し、自然に閉経(月経の永久停止)を迎えた状態です」とされました。
そもそも日本人女性の閉経は「遅い」? 人種によって44.6歳~52歳と幅がある
――前編では、一般的な閉経は遅くなっているというお話を伺いました。しかし、早発閉経は逆で、その定義では若返っているのですね?
はい。ただし、これは閉経のように人間の身体機能が環境要因によって時代ごとに変化している可能性だけでなく、もう一つ、研究が進んだことでより正確な数値が出せるようになった可能性の両方が考えられます。だからこそ私は前編でご紹介した安井研究*2に注目しているのです。
少し話が変わりますが、閉経年齢は、国によって44.6~52歳とかなり幅があります*6 。The Study of Women’s Health Across the Nationによると、日本人女性の自然閉経は、白人・アフリカ系・ヒスパニック系・中国系、いずれのアメリカ人女性よりも遅いことが示されています*7。また、「日本人であること」そのものが自然閉経の遅さと関連していました*8。
Kaczmarekは、カプラン・マイヤー推定を用いてポーランドの自然閉経年齢の中央値を推定しています*9。カプラン・マイヤー推定とは生存率などイベントが起きる割合を推定する方法で、最近、Dratvaらも、30~60歳の女性を対象としたヨーロッパの2つのコホート研究で、カプラン・マイヤー推定を用いて自然閉経年齢の中央値が経時的に上昇することを示しています *10 。コホート研究とは大きな人数の集団を時間をかけて調査する時間も手間も膨大な研究で、バイアスが入りにくいことから、より信頼の高いデータであることが期待されます。
海外ではこのように複数の研究があるのですが、残念ながら日本においては日本人を母集団とするコホート研究の、カプラン・マイヤー推定を用いた研究が存在しませんでした。
わが国で初めて日本人集団のコホート研究でカプラン・マイヤー推定を用いて閉経年齢研究を行ったのが安井研究です。この研究はEuropean Menopause and Andropause Society(欧州更年期・男性更年期学会)の学会オフィシャルジャーナル「Maturitas」に2012年に掲載されました。同誌は北米閉経学会の「Menopuse」、国際更年期学会の「Climacteric」と並ぶ女性医療分野の一流誌ですから、この研究の重要性がご理解いただけることと思います。
早く閉経を迎える可能性が高まる4つの因子とは? 言われてみれば「なるほど…」な事実
――あらためて安井先生のご研究の概要をかいつまんで教えていただけますでしょうか。
論文タイトル「Factors associated with premature ovarian failure, early menopause and earlier onset of menopause in Japanese women(日本人女性における早発卵巣不全、早期閉経および早発閉経に関連する因子)」のとおり、主には早発閉経に関する研究で、原著は英語です。安井研究で明らかになったことをお伝えしましょう。
①喫煙している女性の閉経年齢の中央値は、喫煙していない女性よりも有意に早かった。
「たばこを吸っている女性は閉経年齢が早い」ということです。喫煙習慣のある人はあれこれ言われすぎてうんざりでしょうが、女性独自の喫煙リスクに「閉経年齢が早まる」点があるのです。男性には閉経がないため、この影響は生じません。あらためて「特に女性は禁煙を頑張ってほしい」です。
では、なぜ早まるのか? たばこに含まれているニコチン、一酸化炭素やタールなど多くの物質が卵巣の働きに悪影響を与えます。喫煙によって体内に入るニコチンが血流減少を引き起こすとともに、一酸化炭素により酸素欠乏が起き、女性ホルモンの中でも卵胞ホルモンのエストロゲンを作るための酵素の働きが低下するため、女性ホルモンができにくくなります。
②BMI が低いほど閉経年齢が早かった。
つまり「痩せている人ほど早く閉経する」ということです。BMIが低いとは「痩せている」、つまり皮下脂肪が少ないということ。皮下脂肪から分泌されるレプチンがエストロゲン分泌にも不可欠であり、皮下脂肪が少なければエストロゲン分泌が減るため、閉経を早く迎えることになります。これらのことから、若年女性の「やせ願望」もほどほどにしたほうがよいと思います。
ちなみに、初潮も皮下脂肪が一定あることによって一定量のレプチンが分泌され、エストロゲンが上昇することによって迎えることができます。すなわち、皮下脂肪がある閾値を超えることによって初潮が始まるのです。
③18-22歳で月経が規則的な女性の閉経年齢中央値は、18-22歳時に月経不順の女性の閉経年齢中央値より有意に早かった。
「18歳から22歳までの間で定期的に生理がきている人のほうが、不規則な人より早く閉経する」ということですね。月経が順調なほうが排卵回数が多く、その分持って生まれた卵胞を早く使い切るということでしょう。排卵が順調だと卵巣が働き過ぎて卵巣の寿命が短くなるのですから、何が幸いなのかわからなくなりますね。
④片側卵巣摘出術を受けた女性の閉経年齢の中央値は、受けていない女性よりも1.2年早かった。片側卵巣摘出術を受けた女性と、受けていない女性との閉経年齢中央値の差は、統計的に有意であった。
上と関連しますが、「片方の卵巣を摘出した人のほうが、両方ある人よりも早く閉経がくる」ということです。両方ある場合は交互に排卵していますが、片方だけになると休みなく排卵することになり、卵巣が疲れてしまうのでしょう。このことには前編でも触れました。
①~③はまだ異論もある説ですが、結論として本研究では、片側卵巣摘出術は、閉経の早期化、閉経および早発閉経に関連する共通の因子であるものの、他の生殖因子や生活習慣因子は閉経や早発閉経とは関連しないと述べられています。
正しい情報を集めて、これからの50年を生きるためのメンテナンスを「今日から」始めてください!
――③の、生理が不順だった人のほうが閉経は遅くなるというのが少し意外です。若いころからホルモンリズムが整っている人のほうが、長く月経が続きそうなイメージでした。
イメージと、生理学的な身体のあり方がそのままイコールではないこと(心身に好ましいことではないこと)は案外あります。こうして私たちの知見がより正しくなっていくのが学問の意義であり、科学的な裏づけのある正しい情報をどんどん取り入れていってください。
閉経後は誰しも骨粗鬆症、高脂血症など、従来女性ホルモンで守られてきた各種の生活習慣病といわれる疾患のリスクが上がります。早発閉経ならばその分早く、骨粗しょう症での骨折、血中脂質状態の悪化による心血管疾患、認知機能低下などが起き得ます。40歳未満で月経サイクルが乱れた場合は必ず産婦人科を受診し、ホルモン補充療法などの治療をスタートしてください。
また、40歳以上であっても、平均閉経の52.1歳より早く閉経すればその分だけこれら疾患のリスクが早くから上がります。「生理、止まっちゃったけどすっきりするからいいや」と受け流すのもいいのですが、できればいちどは産婦人科を受診して医師から疾患リスクの説明を受けてほしいものです。
骨粗鬆症は閉経の時期を問わず女性のほぼ全員がハイリスクなうえ、毎日のビタミンD製剤服用など根気のいる治療法が主なため、早めに対策するに越したことはありません。まだ骨密度検査をしたことがないなという人は「DXA 法 自治体名(●●市、●●区)」で検索して、骨密度検査をしてくれるクリニックを見つけて受診してください。もし数値がよくなければ、クリニックの先生から治療のご指導があるでしょう。
――といっても50歳ですと、この先の人生がそんなに長いわけでもない気がします。ここまで繰り返し健康寿命の伸長が叫ばれる背景には何があるのでしょう?
わが国は人生100年時代を最初に迎えるといわれています。今から50年後には「10人に1人」が、そして我々の子どもたちの世代である90年後にはなんと「2人に1人」もの人が人生100年時代を現実に迎えることになります。
このおめでたい100歳を迎えた人を日本では「百寿者」と呼びます。英語では「センテナリアン(centenarian)」と呼ばれ、「一世紀以上生き抜いた」という賞賛の称号です。国内の百寿者は統計を取り始めた1963年頃は153人でしたので、純銀製の銀杯が贈られていたそうですが、介護保険が始まった2000年頃から急増し、2016年度から銀メッキ製に代わったそうです。
最近では1年に5000人ずつ増え、年間出生数が77万人の2021年では百寿者が約8.5万人ですが、団塊の世代(1947~1949年生まれ)が100歳を迎え始める2047年に54万人を超え、その2年後の2049年には66万人と、年間6万人に迫る急激な増加が予測されています。
――なるほど、日本の場合、平均寿命の延伸がさらに高齢化を後押しして、いずれ老人は介護対象であるよりもむしろ国力になってほしいというレベルに達するのですね。
さらに、2065年、団塊ジュニア世代が100歳に差し掛かる直前には、百寿者は出生数56万人に対してはるかに上回る70万人以上になる予想です。その健康寿命がますます重要となるのは必然なのです。
人生100年時代ですから、50歳はまだ人生の折り返し、中間点です。閉経前後はこのように後半の人生に向けて、ご自身の体を再点検する絶好のタイミングです。ぜひ明日からと先送りにせず、いまこの瞬間にできることを始めてください。
お話/婦人科医・医学博士 太田博明先生
引用文献
*引用
(4)早発卵巣不全 premature ovarian failure;POF
1)疾患の概念 POF は一般に40歳未満で無月経となり,内分泌学的に高ゴナドトロピン性低エストロゲン血症(hypergonadotropic hypogonadism)となる症候群である.30歳未満の0.1%,40歳未満の1%にみられ,無月経患者の5~10%を占めるとされている.早期卵巣不全,早発閉経(premature menopause),ゴナドトロピン抵抗性卵巣症候群(gonadotropinresistant ovary syndrome;Gn-ROS)などとも表現されるが,その定義は必ずしも一致せず,診断基準も確立されていない.日本女性の平均閉経年齢は約50歳(45~56歳)と報告されており, 日本産科婦人科学会では早発閉経の定義を43歳未満での閉経としている.
早発閉経とは本来,卵子の枯渇による不可逆的な卵巣機能の廃絶を意味した用語であるが,POF では治療により排卵,妊娠に至った報告がある.病因は多岐にわたるが(表 E―3―1),十分には明らかでなく,妊孕性回復の困難な症候群である.
[6] Thomas F, Renaud F, Benefice E, de Meeus T, Guegan JF. International variability of ages at menarche and menopause. Patterns and main determinants. Hum Biol 2001;73(2):272–90.
[7] Gold EB, Bromberger J, Crawford S, et al. Factors associated with age at natural menopause in a multiethnic sample of midlife women. Am J Epidemiol
2001;153:865–74.
[8] Henderson KD, Bernstein L, Henderson B, Kolonel L, Pike MC. Predictors of the timing of natural menopause in the multiethnic cohort study. Am J Epidemiol
2008;167:1287–94.
[9] Kaczmarek M. The timing of natural menopause in Poland and associated factors. Maturitas 2007;57:139–53.
[10] Dratva J, Gomez Real F, Schindler C, et al. Is age at menopause increasing across Europe? Results on age at menopause and determinants from two population based studies. Menopause 2009;16:385–94.
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