岩井志麻子「美人」でも「キレイ」でもない、40女の生きる道

2018.03.27 LIFE

「いい女」といわれたい。そりゃまぁ、たいていの女はそう願うとは思うけれど。

特に最近、その気持ちが強くなってきたと感じたら。ずばり、あなたは四十路になったのです。

そしてあなたはもはや、美人」「きれい」といわれることはあきらめたのね。

 

まずは美人、可愛いと言われたい

ぴちぴちの女子高生、女子大生、二十代半ばまでの女は、「いい女と呼ばれたい」が一番には来ない。

美人といわれたい、可愛いと噂されたい、きれいと誉められたい。それらが先に来るものよ。

美の基準、好み等々で、人によって多少は評価が違ってくるとはいえ、「美人」というものはかなりはっきりとした型がある。

「可愛い」はもっと広い範囲にまたがるので、若い女は美人評価がやや苦しいと自覚すれば可愛い路線、あるいはカッコイイ路線を目指す。

あと若い女はまだ顔立ちが定まらず、これから変身、変貌の余地がある。

整形なんかしなくても化粧やダイエット、美容法で垢抜け、場所も人間関係もリセットしたら、最初から美人として再出発できる可能性も大いにあるわけよ。

 

「いい女」という、中年女の活路

しかし、顔立ちも周りの評価も定まった中年女は、もはや美人の称号が得られない、この先もないわとなれば、可愛いではなく「いい女」に活路を見出すしかない。

中年すぎて美人と呼ばれる立場でも、若い美人には外見そのものの勝負では負ける。

いや、中年すぎの美人は並みの若い女と同等、もしくはここでも負けるのが現実だ。

 

「いい女」の基準はぼんやりしているから

若い女。これの基準もかなり厳密なものがある。

私から見れば四十歳の女は充分に若い女だし、世間一般的に四十代の女を「まだまだ若い」といった表現をすることはあっても、若い女とくくられることはない。

美人、若い女、これらには現実的な定義や基準があっても、「いい女」はあまりにも漠然としていてぼんやりとしていて、人の数だけ定義や基準があり、何の根拠もない。

だからあなたは、「いい女」を自称していいのです。

ちなみに私くらいの年頃、つまり五十路も半ばに入れば、「若く見られたい」が真っ先に来るようになるので、「いい女」と呼ばれたいあなたはまだまだ道半ばよ。

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この記事は
作家 岩井志麻子

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