『豊臣兄弟!』14話で、藤吉郎(池松壮亮)に「鎮痒剤」を「痛みが和らぐ秘伝の薬」として渡した家康(松下洸平)。70代半ばまで生きた超健康志向の徳川家康から学ぶ健康法とは

2026.04.22 LIFE

徳川家康は「健康オタク」 66歳にして16人目の子どもを授かった家康の健康法とは?

戦国時代の平均寿命は定かではないものの、武士については40代前半という説もあります。また、当時としては長寿であったものの、織田信長は49歳、豊臣秀吉は62歳で亡くなりました。そうした中で、徳川家康は75歳まで生きました。家康が長寿だったのは、生まれ持った体質もあったのかもしれませんが、彼の健康への意識の高さも大きく関係しているといえそうです。例えば、京の名医に江戸勤番を命じ、我が家の侍医にすることもあったと伝わっています。

 

なぜ、家康が自身の健康管理に抜かりがなかったかというと、確かなことは本人にしかわかりませんが、“天下平定の総仕上げをするぞ!”という強い思いがあったからともいわれています。

 

◇自分で薬を調合 薬師顔負けの知識量!?

家康は自ら薬を調合していましたが、その知識と技術はプロの薬師に匹敵するものでした。自身が通る道に生息する植物に細やかに目を凝らしていたほか、薬草に関する書籍も深く読み込んでいました。例えば、平安時代に編纂された『和剤局方(わざいきょくほう)』(1107~1110年)は暗記するほど繰り返し読んだそうです。また、李時珍(りじちん)が著した当時最新の本草書『本草綱目(ほんぞうこうもく)』(1596年)も熱心に読み込み、研究会を開くほどでした。

 

家康が自ら調合した薬として知られるものに、「万病丹(まんびょうたん)」や「銀液丹(ぎんえきたん)」があります。彼は自宅に薬箪笥を置き、大切に薬を保管していたほか、戦場へ赴く際にも薬を持参していました。笠の裏に隠していたため「御笠間薬(おかさまぐすり)」と称していたそうです。自分が体調を崩した際に服用するだけでなく、周囲の者にも自家製の薬を分け与えることがありました。

 

◇天下人になっても「麦飯」が基本

現代においても健康には食生活が欠かせないといわれていますが、家康の食事は健康的なものとして今も評価されています。家康は麦飯を好んでいたといわれており、白米はあまり口にしませんでした。また、発酵食品も好み、特に味噌はおにぎりの両側につけるなどしてよく摂取していたそうです。そのほかに、納豆も好物の1つだったと伝わっています。

 

家康の普段の食事メニューは、麦飯、味噌汁(具はかぶなど)、おかず1~2品(いわしなど)が基本でした。当時、いわしは庶民の魚として知られていましたが、健康志向の強い家康にとって、そうした先入観はさほど気にするべきことではなかったのでしょう。ちなみに、時代は異なるとはいえ、藤原道長は“日本で最初の糖尿病患者”ともいわれています。道長は経済的に余裕があったゆえに贅沢な食生活をしていたため、”現代病”といわれる糖尿病をわずらったのです。

 

今の世の中でも、”お金持ちになってステーキやお寿司、ケーキなどをたらふく食べたい。高級な酒もいいな”と考えたことがある人はいるでしょう。しかし、これらは健康によい食べものではないため、過度な摂取は身体に悪影響をもたらすリスクもあります。

 

◆健康オタクの家康が手にしたものは……

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