戦国時代の出世は脆い⁉下剋上で成り上がった武将たちと、こだわった「出自」
戦国時代、力がある者は本当に成り上がれたのか?
秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)は出世街道を歩み、すでに城持ちとなり、多くの家臣を従えています。また、本放送回では、小一郎が但馬の竹田城攻めを任され、総大将として初めて戦に臨む姿が描かれていました。さらに、本作には、蜂須賀正勝(高橋努)や大沢次郎左衛門(松尾諭)など、大きく出世を果たした人物たちが複数登場しています。
身分の低い者が身分の高い者を力で打ち負かし、権力を奪い取ることを“下剋上”といいます。この言葉は平安時代後期からあったとも、鎌倉時代からあったともいわれています。室町時代後期、幕府の影響力が下がるにつれ、社会において下剋上の気運が高まっていきます。そうした中で、戦国時代において主の殺害は掟破りではなくなり、裏切り行為も黙認されるようになりました。
戦国時代における下剋上の代表例として、東国の主役である伊勢宗瑞(いせそうずい)、油売りから美濃一国の主に成り上がった斎藤道三(さいとうどうさん)、浪人から興国寺城の主になった北条早雲(ほうじょうそううん)の三人の名が一般的に挙げられます。また、蜂須賀正勝について、墨俣築城に大きく貢献するシーンや前野長康(渋谷謙人)と城持ちになることを夢見て語り合うシーンが『豊臣兄弟!』に挿入されていましたが、史実において正勝は城持ちになれましたし、彼の息子には阿波が与えられました。
とはいえ、乱世の時代に下剋上で手に入れた地位は、生涯にわたって保証されるものではありません。例えば、道三は息子の義龍に約1万7500人もの兵で攻め込まれ、戦いで命を落としました。義龍が道三に謀反を企てた背景には、道三が弟の孫四郎や喜平次を溺愛し、後継者候補に据えようとした説のほか、義龍は道三の実子ではなく、道三に追放された実父の仇を討ったとする説もあります。数千人から数万人規模の兵を動員して親を襲うなんて、今の時代なら想像もつきません。
また、近年の研究によって、戦国時代は出世の門戸が当初思われていたほどには開かれていなかったことも分かってきました。例えば、前述の早雲の出自は“伊勢の下級武士で身分が高くない”と考えられていましたが、戦後の研究では“室町幕府重臣の家系”と見直されるようになりました。また、道三についても、“油売りから成り上がったのは道三ではなく、父・新左衛門である”と考える識者も増えてきました。500年以上も前の出来事であり、記録が曖昧で不確かな部分も多く、事実がはっきりしないところも多々あります。
◆農民が武士を夢見る時代が終わったのはいつ?
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