戦国時代の出世は脆い⁉下剋上で成り上がった武将たちと、こだわった「出自」
「平氏」か「源氏」か……。戦国時代も出自が大切
戦国時代は出自にとらわれず、誰もが出世できていたイメージもありますが、実際のところ出自は重んじられていました。武家政権は平清盛(平氏)にはじまり、源頼朝(源氏)、北条時政(平氏)、足利尊氏(源氏)、織田信長(平氏)、明智光秀(源氏)、豊臣秀吉(平氏)というように、源氏と平氏が交代で実権を握っていました。つまり、平氏か源氏かのいずれかでなければ、政権を担う上で不利になることもあったのです。
秀吉のあとに政権を握ったのは徳川家康ですが、家康は系図を購入し、改ざんして、“ブランド血統”を手にしたという説もあります。家康の祖父・松平清康は清和源氏の末裔を自称していたものの、証拠はありません。松平から徳川となった家康は秀吉の政権下では藤原氏を名乗っていましたが、天下人の兆しが見えてくると、源氏の末流を名乗るようになりました。
ちなみに、貧しい足軽の家系で姓のなかった秀吉が平氏を名乗れたのは、織田信長(自称・平氏)の事実上の後継者となったためです。ただ、秀吉は平氏ではなく源氏を名乗ることを希望していたといわれています。自分の主君である信長の延長政権ではないことを、源氏を名乗ることで示したかったのです。義昭に養子にしてもらえるように頼んだこともありました。しかし、義昭は秀吉を嫌っており、なおかつ家門の高さを誇りとしていたため、この頼みを断ったという言い伝えもあります。
21話のふりかえり>>半兵衛(菅田将暉)と官兵衛(倉悠貴)が遂に対面。洞察力合戦と、中野英雄&仲野太賀の親子共演が話題に【NHK大河『豊臣兄弟!』21話】
<参考資料>
晋遊舎『100%ムックシリーズ 完全ガイドシリーズ366 徳川家康完全ガイド』晋遊舎、2022年
楠戸義昭『豊臣秀吉99の謎』PHP研究所、1996年
童門 冬二『徳川家康の人間関係学: 最後に勝ち残る男の選択』プレジデント社、2022年
スポンサーリンク
【注目の記事】
- 41歳、演奏家。大量経血が続き手術を勧められたけれど「仕事に穴を空けられない」と思ってしまって
- 派遣の女の子と浮気しまくっていた、56歳の夫が脳梗塞で急逝!義母を介護中の妻は、「死後離婚」して縁を切って介護をやめるべきか⁉【行政書士が解説】
- 【ユニクロ】リネンパンツで涼やかに。ジャケットを羽織ってラフさと上品さを両立させる、大人のきれいめリラックス【40代の毎日コーデ】
- 「パパは、ママが見えないの?」夫に無視される日々、5歳の息子の一言で気づいた「夫の異常さ」とは
- バツイチ夫と再婚→出産、毎月3万円の赤字で借金寸前!? 前妻へのトラウマで、恐怖に震える夫はあてにならない。「養育費を減らしてほしい!」どうしたら?
スポンサーリンク
















