戦国時代の出世は脆い⁉下剋上で成り上がった武将たちと、こだわった「出自」

2026.06.02 LIFE

「平氏」か「源氏」か……。戦国時代も出自が大切

戦国時代は出自にとらわれず、誰もが出世できていたイメージもありますが、実際のところ出自は重んじられていました。武家政権は平清盛(平氏)にはじまり、源頼朝(源氏)、北条時政(平氏)、足利尊氏(源氏)、織田信長(平氏)、明智光秀(源氏)、豊臣秀吉(平氏)というように、源氏と平氏が交代で実権を握っていました。つまり、平氏か源氏かのいずれかでなければ、政権を担う上で不利になることもあったのです。

 

秀吉のあとに政権を握ったのは徳川家康ですが、家康は系図を購入し、改ざんして、“ブランド血統”を手にしたという説もあります。家康の祖父・松平清康は清和源氏の末裔を自称していたものの、証拠はありません。松平から徳川となった家康は秀吉の政権下では藤原氏を名乗っていましたが、天下人の兆しが見えてくると、源氏の末流を名乗るようになりました。

 

ちなみに、貧しい足軽の家系で姓のなかった秀吉が平氏を名乗れたのは、織田信長(自称・平氏)の事実上の後継者となったためです。ただ、秀吉は平氏ではなく源氏を名乗ることを希望していたといわれています。自分の主君である信長の延長政権ではないことを、源氏を名乗ることで示したかったのです。義昭に養子にしてもらえるように頼んだこともありました。しかし、義昭は秀吉を嫌っており、なおかつ家門の高さを誇りとしていたため、この頼みを断ったという言い伝えもあります。

 

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<参考資料>

晋遊舎『100%ムックシリーズ 完全ガイドシリーズ366 徳川家康完全ガイド』晋遊舎、2022年

楠戸義昭『豊臣秀吉99の謎』PHP研究所、1996年

童門 冬二『徳川家康の人間関係学: 最後に勝ち残る男の選択』プレジデント社、2022年

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