竹中半兵衛(菅田将暉)が最期に起こしたキセキ。史実から紐解く半兵衛と官兵衛の絆【NHK大河『豊臣兄弟!』23話】

2026.06.16 LIFE

*TOP画像/半兵衛(菅田将暉) 小一郎(仲野太賀) 大河ドラマ『豊臣兄弟!』23話(6月14日放送)より(C)NHK

 

戦国時代のど真ん中を舞台にした『豊臣兄弟!』(NHK総合ほか)の主人公は仲野太賀が演じる豊臣秀長。兄弟の絆で“天下統一”という偉業を成し遂げた豊臣兄弟の奇跡を描いた大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK総合ほか)の第23話が6月14日に放送されました。40代50代働く女性の目線で毎話、作品の内容や時代背景を深掘り解説していきます。

 

半兵衛の最後の仕事

本放送回では、軍師・竹中半兵衛(菅田将暉)の最後の戦いと死が描かれました。史実では竹中半兵衛と黒田官兵衛が共に活躍した期間は約4年と短く、のちに黒田官兵衛となる小寺官兵衛(倉悠貴)が登場した時点で“もうすぐ半兵衛は退場か”と察した視聴者もいらしたと思います。筆者も覚悟はしていましたが、実際の退場シーンは想像以上の衝撃でした。

 

半兵衛は頭脳明晰で冷静沈着であり、天才軍師らしい独特の雰囲気を初登場の場面から放っていました。秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)が半兵衛の住む森の中の庵を訪れ、扉を開けた瞬間に槍が飛んできた場面は、今も印象に残っている視聴者は多いはずです。変わり者で、警戒心が強かった半兵衛ですが、秀吉や小一郎らとともに織田信長(小栗旬)に仕える中で、個性と才能を存分に発揮しました。秀吉や小一郎の活躍を見ていても思いますが、信長は家臣の個性や意欲を尊重するスタイルです。個性的で能力が高い半兵衛は信長との相性がよかったのでしょう。

 

病に倒れ、死期を悟った半兵衛は、残された時間を信長と仲間のために捧げます。その一つが、信長を裏切った荒木村重(トータス松本)の対応でした。官兵衛は信長に許しを請うよう説得すべきだと考えましたが、半兵衛は村重の性格を踏まえ、それは無意味だと判断します。若く恐れ知らずの官兵衛は自分なら説き伏せられると自信たっぷりで、消極的な半兵衛をやや煩わしく感じている様子でした。若い頃はだれしも”自分は正しい” “自分ならできる” “反対するのは自信がないからだ”などと傲慢になるものです

官兵衛(倉悠貴)ほか 大河ドラマ『豊臣兄弟!』23話(6月14日放送)より(C)NHK

結果、官兵衛は説得に向かったものの村重に翻弄され、「小寺官兵衛は我らに寝返った」という噂まで流されてしまいます。この噂が流れたことにより、信長は官兵衛の息子・松寿丸(森優理斗)の首をはねるように命じました。

村重(トータス松本) 官兵衛(倉悠貴) 大河ドラマ『豊臣兄弟!』23話(6月14日放送)より(C)NHK

半兵衛は小一郎らを守るため、松寿丸を人質として差し出す役目を自ら引き受けます。これにより、小一郎ファミリーと半兵衛の間に対立構造が生まれ、松寿丸をめぐる戦いが始まりました。小一郎は寧々(浜辺美波)、なか(坂井真紀)、あさひ(倉沢杏菜)、慶(吉岡里帆)らと協力し、松寿丸を隠し、逃がそうとします。城内には様々な仕掛けを施し、半兵衛を惑わせました。闘病中の半兵衛が城内を駆け回る姿は心配でなりませんでしたが、慶の出産を機に戦いは一時中断します。

 

生まれたばかりの赤ん坊を抱いた半兵衛は涙を流し、「私の負けでございます。あの子を抱いた手で子をあやめることなどできぬ」と考えを改めました。そして、半兵衛は松寿丸を菩提山城に匿い、小一郎に後事を託しました。半兵衛は「小寺官兵衛が子 松寿丸の首にござりまする」と、信長に別の子の首を差し出しました。

半兵衛(菅田将暉) 信長(小栗旬) 大河ドラマ『豊臣兄弟!』23話(6月14日放送)より(C)NHK

「これまで戦った中で最も手ごわき相手でござった…。そして最も面白き戦でござりました」と、半兵衛は信長にこの首を手にするまでの苦労と達成感を語ります。数々の戦いを経てきた半兵衛にとって、最後の戦いは大切な仲間を守るためのものだったのです。互いの考え方の癖や性格を熟知し尽くした賢者同士の戦いだけに、多くの視聴者がハラハラしたと思います。視聴者の中にも”最も面白き戦”と思った人も多いのではないでしょうか。

 

半兵衛が起こしたキセキ

半兵衛は最後まで軍師であり続けました。病でほとんど起き上がれない状態ながら、三木城攻めの秀吉の陣に留まり、戦況を気にかけます。そうした中で、「風向きを変えてみせまする」と言い、兵士たちが見える場所まで運ばれた半兵衛は、扇を振ります。

半兵衛(菅田将暉) 小一郎(仲野太賀) 大河ドラマ『豊臣兄弟!』23話(6月14日放送)より(C)NHK

すると間もなく、藤堂高虎(佳久創)が駆けつけ、「宇喜多直家殿が我らに寝返りました!」と吉報を伝えました。

 

半兵衛が扇を振った瞬間に奇跡が起きたようにも見えますが、これは半兵衛が事前に準備していた結果です。宇喜多直家(緋田康人)が寝返った背景には、信長が予想を上回る資金を示したことがあり、その財源こそ半兵衛が調達を進めていた生野の銀山でした。このエピソードを通して“キセキは起こるものではなく、起こすもの”だと改めて思いました。

 

「死にとうないのう…。お前らのせいじゃぞ…」と本音を漏らした半兵衛ですが、小一郎や秀吉らと出会ってからは、楽しげな表情が目立ちました。仲間たちに囲まれ、心から笑い、戦の勝敗に感情を揺さぶられる日々を送っていました。山の中の庵で孤独に学問に没頭する日々も性分に合っていたのでしょうが、半兵衛を広い世界に引き出したのは小一郎と秀吉でした。

 

仲間たちの勝利の歓声に包まれながら、半兵衛は静かに息を引き取りました。史実では36歳という若さでこの世を去った半兵衛ですが、本作でも早すぎる死を迎えることになりました。

秀吉(池松壮亮) 小一郎(仲野太賀)ほか  大河ドラマ『豊臣兄弟!』23話(6月14日放送)より(C)NHK

半兵衛(菅田将暉) 大河ドラマ『豊臣兄弟!』23話(6月14日放送)より(C)NHK

当時の武将としても短命で、「死にとうないのう…。」という言葉通り、志半ばで、人生の最も楽しい時期に逝きました。悲しい死ではありますが、“まだ生きたい”と思える人生を送れたことは、何よりの幸せだったといえるでしょう。

 

【史実解説】年下の官兵衛に優しさを注ぎ続けた半兵衛

史実において、竹中半兵衛と黒田官兵衛は“両兵衛” “二兵衛”と称され、豊臣秀吉に軍師として共に仕えていました。今でいうところの同僚、もしくは信頼し合える上司と部下という関係にありました。しかし、二人が一緒に活躍した期間は4年程度と長くはありません。半兵衛が32歳のときに、30歳の官兵衛が軍師に加わりましたが、半兵衛は36歳で病死しているためです。半兵衛は頭脳明晰であるだけでなく、人間的にも優れた男でした。自分よりも2歳ほど年下の官兵衛が仲間に加わったとき、彼に対して競争心を抱くこともなかったといわれています。

 

官兵衛は荒木村重の説得に向かった際、村重に幽閉され、信長から“裏切った”と誤解を受けました。そして、人質として預けていた息子の松寿丸を殺すよう、秀吉に命令が下りました。しかし、半兵衛は官兵衛を信じ、松寿丸を密かに匿って命を救いました。本作では、村重が流した噂が原因で松寿丸の命が危うくなりました。一方、史実では官兵衛が村重に幽閉され、誤解が解けぬまま、松寿丸は殺されかけたのです。

 

村重から解放された官兵衛は松寿丸の無事を喜んだものの、官兵衛はすでに亡くなっており、直接お礼を伝えることは叶いませんでした。

 

本作では、松寿丸をめぐる半兵衛の対応に史実との大きな違いがありましたが、半兵衛が官兵衛を身の危険を冒してまでも守ろうとしたところは史実も本作も同じです。

 

本記事では、『豊臣兄弟!』(NHK総合ほか)の第23話を振り返りながら、竹中半兵衛の最期についてお届けしました。

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