41歳の仲居。昼ドラ『温泉に行こう』『はるちゃん』を地で行く15年間を捨てて、「50代になったときの自分のため」に選んだ仕事とは
50歳を迎えるころ、これまでの働き方や暮らし方を見つめ直し、「この先の人生をどう生きるか」を考えるようになる人も多いのではないでしょうか。シリーズ「50歳から考えるこれからの仕事と暮らし」では、人生の折り返し地点から新たな一歩を踏み出した人たちの選択と、その先に広がる暮らしを取材します。
長野県・山ノ内町の湯田中温泉で夫とともに「食堂 よろしき日」を営む藤田紀世さんは42歳のときに、同じ県内の野沢温泉村から移住しました。「50歳くらいでおばんざい屋でもやりたいな」と考えていた紀世さん。今回は、その思いがどのように形になっていったのか、夢の原点から移住までの歩みをお届けします。
◾️藤田紀世さん
京都府出身、長野県山ノ内町在住の46歳。長野県・野沢温泉の旅館に15年勤務したのち、山ノ内町の湯田中温泉に移住して「食堂 よろしき日」を開業。5歳上の夫・寛さんと夫婦二人三脚で店を切り盛りする
【50歳から考える これからの仕事と暮らし #8 前編】
高3で調理の仕事を志す
藤田紀世さんが「料理」の仕事に興味を持ち始めたのは、高校3年生のときのアルバイトがきっかけでした。当時住んでいた、京都の駅前旅館が募集していた「洗い場と布団敷き」の仕事に応募。すると、履歴書に書いた「お菓子作りが好き」という一文に目を留めた社長兼料理長から「調理をやらないか」と声をかけられたのでした。
高校生の頃に思い描いていた将来像は、保母さん、水泳の先生、そしてパティシエでした。兄弟姉妹が5人いたため、専門学校に進むにしても大学に進学するにしても、学費は自分で出すように言われていました。
「アルバイトを掛け持ちしてお金を貯めながら、いろいろな経験をし、やりたいことを決めていこう」と考えていたそうです。
調理の仕事をするうちに、「調理師免許を取りたい」と考えるようになります。けれど、料理の世界はお金がかかります。調理師の専門学校に通った姉の友人が『包丁セットを買うのに100万円かかった』と話していたこともあり、「お金を貯めて、調理師の専門学校に行こう」と目標を立てました。
その頃、アルバイト先の旅館の社長から「学校に行かなくても、現場で2年間の経験を積めば、独学で調理師免許は取れるよ」とアドバイスを受けます。料理長も兼任する社長からの言葉に背中を押され、アルバイトで2年間の経験を積み、無事に調理師免許を取得することができました。
京都のおばんざい料理店で、野菜料理を覚える
調理師免許も取得できたので、正社員として働く先を見つけたいと考えた紀世さん。アルバイト先の旅館では正社員採用を行っていなかったため、23歳で錦市場の中にあるおばんざい料理店「やお屋の二かい」に就職します。名前の通り、八百屋の2階にある店で、動物性たんぱく質を使わない京のおばんざいを提供していました。ここで料理人として多くの野菜料理を覚えました。
師匠は60代後半の地元のおばちゃん。野菜の知識にも調理法にも詳しくて、20代の紀世さんはスポンジのようにその技を吸収していきました。
「日替わりで十種類以上の野菜が食べられる『長寿ランチ』を出していて、いま料理を組み立てられるのは、このときの経験が大きいですね」と紀世さん。
25歳で店長に抜擢され、調理と店の運営の両方を担うようになりました。けれど、忙しさは増すばかりで休みが少なく、しだいに疲れが溜まっていきました。「一度、料理から離れたい」と思うようになって退職。
「温泉に入りたい」「スノーボードをしたい」という願いを叶えるべく、次の一歩を踏み出しました。
▶「3カ月だったらいいかも」と温泉地に行ってみたら…
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