「ママ、おなか、いたいの?」流産した私の苦しみに気づいたのは、5歳の息子だけだった。「俺の方が大変だった」と言い張る夫に、謝ってばかりの毎日
モラハラ・夫婦問題カウンセラーの麻野祐香です。「働く女性」は、モラハラやDVをする夫から簡単に逃げられるのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。さまざまな事情から、支配的な配偶者との結婚生活を続けている方は少なくありません。オトナサローネ世代のモラハラ被害にフォーカスした本連載、今回は、流産で入院したその日に、体を心配されるどころか、夫から「俺だって大変だった」と言われたDさんのお話です。
※本記事は、相談者様への敬意と守秘義務に十分配慮したうえで、モデルケースとして編集・再構成しお届けしています。特定の人物や事例を示すものではありません。
※写真はイメージです
「2人目ができたの」喜んで報告した妻に、夫が返したひと言
Dさんは34歳、結婚して7年目。会社員の夫と5歳の息子の3人で暮らし、週3日、スーパーの事務のパートをしています。微熱が続き、体調がすぐれない日が続いていました。
「そういえば、生理予定日が過ぎている」
そう思い、妊娠検査薬を試すと、結果は陽性でした。後日、産婦人科を受診すると、赤ちゃんの心拍が確認でき、予定日も告げられました。
「2人目ができたの」
弾んだ声で夫に伝えると、夫は、
「また金がかかるな」
と言っただけでした。
それでもDさんは、お腹の赤ちゃんに会える日を楽しみにしていました。息子が赤ちゃんだった頃の服を押し入れから出して、少しずつ新生児を迎える準備を始めていました。
しかし妊娠10週の水曜日の朝、Dさんは下腹部の強い痛みと出血で目を覚ましました。生理とは比べものにならないほどの出血があり、血の塊も出ていました。Dさんは痛みをこらえながら、まず息子を保育園へ送り届けました。立ち上がるとふらつくような状態でしたが、ほかに頼れる人がいなかったのです。
その足でタクシーに乗り、通っていた産婦人科へ。診察の結果、前回確認できていた赤ちゃんの心拍は、もう確認できませんでした。流産が進んでいる状態でした。
確認できなくなった赤ちゃんの心拍。そのまま緊急入院へ
出血が多く、血液検査でも強い貧血が確認されたため、そのまま緊急で処置を受け、入院することになりました。Dさんはまず、保育園に延長保育をお願いする電話を入れました。そのあと、夫にLINEを送りました。
「赤ちゃん、だめだったみたい。今日から入院になりました。息子のお迎えお願いします」
返信が来たのは、2時間後でした。
「了解。俺のワイシャツどこ」「冷蔵庫、何もないけど」「いつ帰れる?」
夫は、流産のことにも、Dさんの体調にも、一言も触れてはきませんでした。Dさんは病室のベッドの上で少し迷ってから、「Yシャツは洗面所の棚の2段目。夕食は外で食べてください。退院は金曜の予定」と返信しました。
返事をしなければ、あとで「なぜ答えない」と責められることがわかっていたからです。Dさんは、赤ちゃんを失った悲しみでいっぱいでした。それと同時に、
「息子は一人で眠れるだろうか」
「夫はきちんと面倒を見てくれるだろうか」
という不安も大きかったといいます。
翌日の夕方、夫は病室に15分ほど顔を出しました。でも、思いやりやねぎらいの言葉はありませんでした。
「で、まだ退院できないのか? 仕事と子どもの世話は無理だぞ」
夫はそう冷たく言いました。Dさんは涙を見せないように、
「明日退院できるよ」
とだけ答えました。そして予定通り金曜日の昼、Dさんは退院しました。まだ出血は続き、貧血でふらつく状態でした。
ぐちゃぐちゃになった家。夫は「俺だって大変だった」と言った
玄関を開けると、台所のシンクや洗濯置き場には、洗い物が山積みになっていました。コンビニ弁当の容器も、洗わないままの状態で積まれています。帰宅した夫は、
「まったく、3日間ずっとコンビニだぞ。俺だって大変だったんだ」
と言いました。まるでDさんが悪いかのような言い方でした。Dさんは、
「ごめんね」
と謝り、そのまま洗濯機を回し始めました。すると夫は、
「明日のシャツ、アイロンかけといてよ」
と言います。Dさんはお腹をかばいながら、アイロン台を出しました。夫は手を貸す様子すらありません。アイロンが終わる頃には、Dさんはめまいを感じるほどでしたが、それでも夫は労わる言葉ひとつなく、一人でテレビを見て笑っていました。
「体は大丈夫?」「つらくないか?」
そんな言葉は、何ひとつ聞くことができませんでした。
そのあとも、夫が話すのは、自分のことばかりでした。息子のお迎えに行かなければならなかったこと。いつもの生活ができなくなったことで、自分がどれだけ大変だったか。
本当につらい思いをしたのは、流産して入院したDさんです。でも、夫が先に
「俺が大変だった」
と宣言したことによって、Dさんは、
「迷惑をかけて、ごめんね」
と謝る側になってしまいました。そして、Dさんが労られることは、最後までなかったのです。
「流産したのはお前のせい」と言われて
数日後の夜のことです。Dさんが洗濯物をたたんでいると、急に悲しみがこみ上げ、涙が止まらなくなりました。リビングでテレビを見ていた夫は、泣いているDさんに気づき、言いました。
「いつまで泣いてるんだ。めんどくさい」
さらに、こう続けました。
「流産したのは、お前がパートなんかで動き回るからだろ」
Dさんが、
「先生は、そんなことはないって言ってたよ」
と伝えると、夫はすぐに、
「医者は気休めを言ってるだけだ」
と言い返しました。
そして、夫はことあるごとに「流産はお前のせい」と言うようになりました。もちろんDさんは流産がパートのせいではないと頭ではわかっていましたが、夫から繰り返しそう言われたことによって、Dさんの中には、「私のせいだったのかもしれない」という思いが残ってしまいました。
相手から「お前が悪い」「お前のせいだ」と繰り返し言われるうちに、自分の感覚や判断まで疑うようになることがあります。Dさんも、医師から「あなたのせいではない」と言われているのに、夫の言葉を聞くうちに、自分のほうが間違っているのではないかと思うようになっていったのです。
「ママ、おなかいたいの?」息子の小さな手が頬に触れて
夫がDさんを怒鳴ると、息子は黙って部屋の隅へ行ったり、カーテンの後ろにかくれたりします。「息子が怖がっている。一刻も早く夫を黙らせなくては」という気持ちが強くなり、Dさんはいつしか、どんな場合でも「私が悪かったです」と謝るようになっていました。
何を言っても状況が変わらない。反論しても、さらに責められるだけ。そんな経験が続くと、人は少しずつ抵抗する気力を失っていくことがあります。心理学では、こうした状態を「学習性無力感」と呼ぶことがあります。Dさんが謝るのは、自分が本当に悪いと思っているからではありません。「何を言っても無駄だ」と、心が覚えてしまっていたのです。
ある夜、息子を寝かしつけていると、小さな手が頬に触れ「ママ、おなか、いたいの?」と、ささやくような声で聞かれました。Dさんの悲しい顔つきは、息子にはよく見えていたのです。胸がいっぱいになったDさんは、「ううん、大丈夫だよ」と答えて息子を抱きしめました。
本編では、流産で緊急入院したにもかかわらず、夫から体を心配されることもなく、退院後には流産の原因まで自分のせいにされたDさんが、夫を怒らせないために「私が悪かった」と謝るようになっていったことについてお届けしました。
▶▶「ママが、パパにいじめられてる」保育園で泣いていた5歳の息子。それを知った私が踏み出した大きな一歩は
では、夫を怖がる息子の様子に気づきながらも、経済的な不安や夫の脅しから離婚を決断できずにいたDさんが、保育園の先生の言葉をきっかけに動き始めるまでについてお届けします。
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