「当時は女が働く場所なんてなかった」仕方なく23歳で独立した女性エステティシャン、その後の40年間でたどった「意外すぎる」紆余曲折
株式会社ヒューマンリソースコミュニケーションズ代表の春日郁代さんは、40年以上にわたってビューティの最前線に立ち続けてきた国際セラピスト。京都発のコスメブランド「Nursery(ナーセリー)」はアメリカ、中国、UAEなど世界各国で展開されています。2026年6月に上梓した著書『この老い、はじめてだから 60代、うまく生きる32のこと』(徳間書店)では、60代から直面する美容と健康、生き方の悩みを、自らの体験をもとに綴っています。
美容事業を始めた経緯から更年期の経験まで、春日さんのお話を伺いました。
男女均等雇用法前夜、「女性もばりばり働ける場所」は数えるほどしかなかった

エステティシャンとして活動を始めた20代前半。
春日郁代さんのキャリアのスタートは、郵政省の特定郵便局員。つまり公務員でした。コツコツと働くことが得意という春日さんはまじめに勤務を続けていましたが、ある日ふと立ち止まったといいます。
「私はがんばって働こうとしているけれど、でも自分の未来が見えないな、と気づいてしまって。周囲に仕事として憧れる存在を見出すことができなくて。私はこの仕事を続けて将来どうなるのかな……? そんな疑問が浮かんだんです」
転職を考えた春日さんが直面したのは、当時の男性社会の壁でした。男女雇用機会均等法が整備される前の時代で、のちに言う総合職として女性が活躍できる場がほとんどなかったのです。
「女性でも評価してもらえる仕事は何だろう? 私にもできて、長く続けられて、手ごたえもある仕事とは? と考えたとき、当時注目を集めてどんどん業務を拡大していた最大手のエステティックサロンに出会いました。女性でもばりばり働きたいという気持ちと、自分自身もきれいになりたいという気持ち、その両方をかなえられそうだったのがビューティの世界でした。自分もどちらかというとぽっちゃりさんだったので、きれいになりたいという気持ちもあった(笑)」
20代前半のことでした。いざ始めてみると、エステティシャンという仕事は新鮮でとても楽しかったと春日さんは振り返ります。
「お客様に喜んでもらえることでビジネスになる。ありがとうと言ってもらえて、お金をいただける仕事があるんだと。それがうれしかった。ただ、最大手だけあって売り上げも重視されます。その方針に、少しずつ疑問を感じるようになっていきました。お客様のコンプレックスを解消するための契約であるはずなのに、とにかく売り上げをあげろと言われてしまうと、この契約は本当にお客様のためになっているのかなと自信が持てなくなるのです。結局、ここで自分が思い描いていることができないならこれ以上在籍しても意味がないな、と思い切って退職しました」
ですが、転職先を探してほかのサロンをいくつか見て回っても、最大手で培った技術と知識を越えるサロンとは出会うことができなかったといいます。使うマシンも、コスメも、施術者の技術も、これまでのキャリアを生かすことはできないと感じた春日さんは、ひとつの決心をします。
23歳でマンションの一室にサロンを開いた。「仕方なく独立」から始まった経営者の道

23歳で選んだ、独立の道。
選んだのは「独立」でした。とはいえ、それは計画的な決断ではなかったといいます。
「独立したいと思ったというより、仕方なく独立した。だって、普通23歳なんて独立する勇気なんてないですよ。私もなかったし、ましてや独立志向が強かったわけでもない。ただ、思い描いていることができないならば、どこかに属していることに意味がないと考えたんです」
京都のマンションの一室を借り、永久脱毛のマシンを購入した春日さんは、さっそくコミュニティ紙に3行広告を出して集客を始めました。弱冠23歳での独立、さぞかしご苦労なさったのでしょう……?
「いえ、それが残念ながら、全然(笑)。というのも、最大手サロンの料金設定は高額でしたから、どのくらいのプライスならばお客さんが来てくださるかという目安がわかっていたんです。もちろん、大儲けはできませんが、自分が生活できる程度の売り上げは最初から確保しました。もちろん、ごく初期はまったくお客さんが、ということもありましたが、大手サロンの新店舗ですら軌道に乗るまでは一定の時間がかかりますから、ある程度は見越していました。苦労したとは今も思っていませんが、これはお客様が求めるものを提供できれば大丈夫という自信があったからですね。この点で私は現在まで一貫していて、常に求められているものを提供できているので、不安にならないんです」
チラシを持ってマンションを一軒一軒回った日々も、今では懐かしい思い出と振り返ります。そんな春日さんが最初から大切にしたのは、お客様のタイミングに合わせた誠実な商売だったそう。
「当時の大手サロン予約がとりにくいシステムで、私はそれにも疑問を持っていました。脱毛ならば毛周期がありますから、その周期に合わせたタイミングできちんと予約がとれる人数までしかお客様を集めない。これが私の考えた誠実な商売でした。実際、その人数まで集客したら新規集客を止めていたので、これが完全に実行できました。誠実に商売すれば、ご満足くださったお客様は次のお客様を紹介してくださいます。そういうものです」
やがてリピーターが増え、お客様との関係は美容の枠を超えていきました。
「脱毛って長く通うでしょう。何度も予約をとって、そのたびにお話をしていると、今度デートがあるとか、食事に行くお店を探しているとか、そういうことも一緒に考えるようになります。スタッフに『このお客様がイタリアンに行くらしいから、この近所で評判のいいお店を調べて』と声をかけて、一緒に調べたりもしました。こういう話の中からご紹介につながるご縁も生まれてきます。新規顧客を獲得するよりリピーターを作るほうが低コストなんです。あとでマーケティングの本を読んで知ったのですが、私は知らぬ間に実行できていました」
子育てと経営を同時に回した日々。「目の前のことにだけ集中する。あれこれ未来を思い悩むのは無駄なこと」

29歳、第一子出産でライフステージの変化を実感。
そんな春日さんは、子どものころから、組織がスムーズに回るにはどうすればいいかを考えるタイプだったといいます。
「効率を考えて改善するのが好きだったんです。先生の授業もこうしたらうまくいくんじゃないかなんて、生意気に考えたりする子どもでした。ただ、家族の中では甘えん坊で、かわいがってもらっていたと思います」
サロンが軌道に乗る一方で、30代に入った春日さんは、一緒に働く女性スタッフのライフステージ変化、そして自身の子育てという課題を同時に乗り越えました。いまではお子さんは35歳と28歳、今年7月には初孫が生まれる予定だといいます。
「29歳で1人目を出産したのですが、当時は認可保育園に入れませんでした。というのも、9時5時基準の保育園では、夜や週末にお客様がいらっしゃるサービス業の私たちでは間に合わないのです。最終的にこうしたサービス業の人たちのために開設している無認可保育園に預けてなんとか乗り切りました。この経験をもとに2人目は夫に時間を調整してもらい、夫が送り迎えをしてくれて、認可保育園に入れました。たまたま私の場合は夫が助けてくれましたが、働くにあたっては周囲のサポートは絶対に必要だと思います」

夫らのサポートに感謝しながら仕事と家事を。
保育園卒園後も、1人目のお子さんの時代はまだ小学校に学童が設置される前。預かってもらう場所もないため、ランドセルを背負って職場に寄ってもらうことにしました。
「スタッフルームに小さなスペースを確保して、そこで宿題をしてもらったり、ゲームをしてもらったり。したいこと、させるべきことをあれこれ考える余裕もなく、とにかく必死に目の前のことを乗り越えていく連続でした」
女性は結婚、出産、育児と、環境の変化が多く、せっかく技術を身に着けても辞めざるを得ないというケースが多々あります。
「私の場合は自分の職場を自分に合わせて乗り越えましたが、女性はこうした離職の要因が自分の意思とは関係なく、どうしてもできてしまう。これが女性が多い職場の大変なところであり、今でもつづく課題です。ずっと働いてもらえる環境も同時に整える必要があるんです」
一方で、女性が多い職場だからこその強みもあります。育児や家族の事情で一時離脱したスタッフが、また戻ってきてくれることもある。長い目で人と向き合うことの大切さを、春日さんはスタッフとの関係からも学んできました。
「その時々、目の前のことに集中する」、これが春日さんの生き方の軸にあります。
「理想論から始めるのはまだ実務に向き合っていない人ですよね。目の前のタスクの乗り越え方だけを常に考えているのがいちばんだと思います。ある程度の計画性は必要ですが、いっぽうでずっと先のまだ起きていない不安を考えすぎると、そんな不安は絶対に払拭されないから、ただ不安だけが積もってしまう。人間、忘れたほうがいいこともたくさんあります。何かを1つこなして乗り越えたら、もう忘れるくらいでいいと思うの。育児の苦労だってずっとは続かないから大丈夫、もちろんあのときこうしたらよかったなと思うことはありますが、育ってくれただけでじゅうぶんです」
経営においても、子育てにおいても、「自分の判断が正しかったかどうか」を問い続けるより、目の前の一歩を誠実に踏み出してきた。その積み重ねが、株式会社ヒューマンリソースコミュニケーションズの設立(2001年)、「Nursery(ナーセリー)」というコスメブランドの世界展開へとつながっていきました。春日さんの仕事の根っこにあるのは、出発点と同じ問いです。「このお客様に、本当に必要なものは何か」。それを考え続けてきた40年以上の経験が、いま一冊の本になりました。
1つだけ戻ってもう一度育児をするなら?と聞くと、春日さんはこう答えました。
「本をもっと読んであげたいです。ごはんはお金で買えますが、夜寝る前に布団で本を読んでくれる人は代えがたいものです。仕事をしながら感じましたが、文章力、語彙、言葉にする力は本当に大事。私は、真に頭のいい人は国語ができる人だと思っています。小さいときにたくさん本を読んで、こうした語彙の力を一緒に育ててみたいです」
つづき>>>更年期を「軽く」乗り越えるポイントはおそらく3つあって、「推し活」「誰かと話す」そしてもう一つは「足の爪を」…?

『この老い、はじめてだから 60代、うまく生きる32のこと 髪のこと、肌のこと、そして美容も健康も“抱えている悩み”をぜんぶ!』春日郁代・著 1,870円(税込)/徳間書店
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