なぜ信長は「茶器」を集め、秀吉は「黄金の茶室」を作った?戦国武将の「茶会」の真の目的
秀吉が黄金の茶室を設けた目的とは
『豊臣兄弟!』の20話では、秀吉(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)が、松永久秀(竹中直人)から“どちらが本物の平蜘蛛を見極めろ!”と命じられる場面がありました。茶器に関する知識がまったくない二人が、当てずっぽうで答える姿は少し滑稽で、無知さが漂っていました。しかし、本放送回(26話)では、秀吉は茶には相変わらず関心が薄いものの、信長から茶会を催す権利も認められていることが分かりました。
史実においても、豊臣兄弟は当時の武士の教養とされていた茶にも、地位を上げる中で慣れ親しんでいきます。二人は茶会の亭主を務めただけでなく、名物といわれる茶道具も持っていました。豊臣秀長がわび茶を大成させた千利休とも深い関係を築いていたことは、“非公式、秘密の話などは利休に相談しなさい。公のことは秀長に相談しなさい”と綴った、大友宗麟への書状からもうかがえます。
また、秀吉は信長の御茶湯御政道を受け継ぎました。茶会を頻繁に開催し、朝廷との関係も茶会で強固にしました。さらに、秀吉は黄金の茶室を大坂城に設けました。黄金の茶室について“秀吉の成金趣味” “秀吉は派手好き”という見方をしがちですが、実際は個人の趣味というよりも、政治的な目的がありました。
秀吉は黄金の茶室で自らの地位や権力を世間に誇示したのです。大坂城を訪れた要人を茶室に案内し、おどろかせていました。ちなみに、この茶室は持ち運ぶことができ、京都御所や名護屋(現:名古屋)においても周囲に見せびらかしていたと記録から分かっています。
◆秀吉が明智光秀と対峙した際にも陣中に茶室が⁉
この記事は
アメリカ文学研究/ライター
西田梨紗
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