戦国武将にとって「男色」はステータス?織田信長は森蘭丸、男色気なしの豊臣秀吉は驚かれ、徳川家康は……?

2026.07.22 LIFE

豊臣秀吉と徳川家康は男色ではなかった?

●豊臣秀吉

戦国時代、多くの武将が男色関係を持つ中で、豊臣秀吉は男色の経験がなかったといわれています。秀吉は石田三成と福島正則をかわいがっていましたが、男色関係にあったわけではありません。現代であれば、男色経験がある人は少数派だと思いますが、当時の武将においては男色経験がない人の方が稀少な存在。それゆえに、秀吉が男色の経験がないことに家臣たちはおどろいていたといいます。

 

秀吉の家臣は秀吉に男色の気があるか確かめるため、美しい少年を意図的に近づけたことがありました。秀吉は少年に一切興味を示さず、その少年に「女きょうだいはいないのか?」と尋ねたという逸話が残っています。

 

ちなみに、秀吉はおねという才色兼備の妻がいたにもかかわらず、妻以外の女にも心を寄せていました。おねは秀吉の女癖の悪さに何度も泣かされ、信長に相談したこともありました。

 

●徳川家康

徳川家康には男色の傾向が少なからずあったと考えられています。家康が唯一といってよいほど心惹かれていたのが、井伊直治。

 

直治は美男子と称される男で、家康は彼を贔屓していたのです。また、直政が22歳になるまで前髪を落とすことを許しませんでした。家康はかわいらしい直政の姿をずっと見ていたかったんだとか……。なお、当時の男たちは10〜15歳前後で元服の際に前髪を落とすのが一般的だったため、22歳という年齢は当時の常識からかなり逸脱しています。

 

>>27話の振り返り:なぜ小一郎(仲野太賀)は秀吉(池松壮亮)に「残酷な嘘」をついたのか?「本能寺の変」直後の動乱と史実を解説【NHK大河『豊臣兄弟!』28話】

 

<参考資料>

稲垣史生『戦国時代大全(KKロングセラーズ)』ロングセラーズ、2016年

鈴木眞哉『戦国武将のゴシップ記事』PHP研究所、2009年

本郷和人『恋愛の日本史』宝島社、2023年

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