「これからも生きていけるってこと?」一家心中を覚悟した家族に訪れた転機。難関校合格と、「生活保護」が決まった日
病気で働き続けることが難しくなった父、困窮する家計。一家心中を考えるほど追い詰められた家族の中で、中学3年生の清野孝弥氏は、人生を懸けて難関校への受験を決意します。
限られた時間の中で挑んだ入試。その先には、家族のこれからを大きく変える出来事が待っていました。
本記事では、生活保護世帯のヤングケアラーとして育った清野氏の著書から、人生を懸けた受験の行方と、家族に訪れた大きな転機について紹介します。
※本記事は書籍『ヤングケアラーの僕が東大に合格するまで: 家事、介護、そして勉強 それでも僕はこの家から東大に行く』(清野孝弥:著/東洋経済新報社)から一部抜粋・編集したものです
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人生を懸けた闘い
2019年2月14日、僕は横浜翠嵐高校を受験しました。これは、運命を左右する、文字どおり人生を懸けた闘いでした。
受験当日は、寒さのせいか、緊張のせいか、全身の震えが止まりませんでした。1教科目の英語の試験では、しばらく鉛筆を握ることができず、自分の名前すら書けなかったことを覚えています。
そんな僕を救ってくれたのは、一緒に翠嵐高校を受験したリョウスケでした。休み時間になると、彼は廊下で次の試験科目の予想問題を出題してくれました。
「ガスバーナーで青い炎を出すためには、どうしたらいい?」
「粘性のあるマグマを持つ火山は、どのような形になる?」
驚くことに、リョウスケが出してくれた予想問題は、ほぼ的中しました。おかげで、自信のなかった問題で得点を重ねることができました。
面接試験の記憶は断片的に残っています。面接を担当してくれた女性の先生は、僕の回答に対して「そうですか。とても楽しみですね」と言って、優しく受け止めてくれました。
なにを話したのかはまったく覚えていませんが、好印象ではあったようです。
だからあとは、結果を待つのみです。
▶「天国と地獄」の合格発表
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