「これからも生きていけるってこと?」一家心中を覚悟した家族に訪れた転機。難関校合格と、「生活保護」が決まった日
生活保護という禁止用語
合格発表の夜、母は合格祝いにと言って、特製のカツカレーを作ってくれました。美味しそうなスパイスの匂いに、サクサクとした衣に包まれたチキンカツ。僕らは久しぶりにテーブルを囲んで夕食を取りました。
「今日はこんなに豪華なご飯でいいの?」、僕は尋ねます。
すると母は、カツカレーを食べるスプーンを置いて、嬉しそうに言いました。
「いいの。今日は孝弥が高校に合格したおめでたい日なんだよ。お金のことは気にしないで、好きなだけ食べて。それに、今日はもう1つ、大事な報告があるの」
「なに?」
「生活保護を受給できることが決まったんだ」
父は静かな声で言いました。
「本当! じゃあこれからも生きていけるってこと?」
あまりの喜びで、僕は椅子から立ち上がってしまいました。
「そうだ。これまで苦しい思いをさせて悪かったな。早く仕事に復帰して、お金を稼かせぐ。だから孝弥、佳帆(かほ)。ちょっとの間の辛抱だ」
「謝らなくていいよ」、妹は優しく答えました。
「そうだよ。家族で一緒に生きていけるなら、生活保護でも……」
そう、言いかけたところでした。
「孝弥、大きな声で言わないの! 近所の人が聞いていたらどうするの!」
母は口に人差し指を当てて、禁句を言わないよう、僕を諭しました。
「生活保護に対する差別や偏見は大きいの。だから、うちが生活保護だってことは誰にも言うんじゃないよ。もちろん、先生にも、友だちにもね。わかった?」
「ごめん……」
「すまないな」
そう言って、父は申し訳なさそうにスプーンを口に運びました。
つぎの話>>「ステイホーム」は地獄の始まりだった…要介護の父と、うつ病の母。生活保護世帯の男子高校生が経験した「過酷すぎる生活」
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■著者:清野孝弥(セイノ・タカヤ)
現役東大生。2003年生まれ。神奈川県横浜市出身。神奈川県立横浜翠嵐高等学校を経て、東京大学に現役合格。東京大学法学部を最優秀成績で卒業し、現在は東京大学法科大学院に在学中。ある警察官との出会いをきっかけに、「逆境に置かれている子どもたちに希望を届けたい」と考え、生活保護世帯のヤングケアラーとして育った経験を本書に記した。
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