「もうやめて!」祖母の死を知らされた直後も争う両親…ヤングケアラーの高校生が限界を迎えた日
祖母の自殺は誰のせい
「かわりに説明するとね……」
そう話を切り出したのは、母でした。
「ちょうど高校受験があったころに、生活費の援助をお願いできないか、おじいちゃん、おばあちゃんに相談しているって話したでしょ? 実はそのときに、おじいちゃんが重度の認知症だったってことを伝えられたの」
「……それで?」
「だけどうちがこんな状況だったから、おじいちゃんの介護は引き受けられなくて。おばあちゃんがひとりでおじいちゃんの介護をしていたの」
「え……」
「でもね、もうおばあちゃんのことも分からないくらいおじいちゃんの認知症は進んでいて、会話もまったくできなかったんだって。おばあちゃんはひとりでいろいろ限界だったんじゃないかな……」
「それで自殺しちゃったってこと?」
「正確なことはわからないけど、たぶんこんなところだと思う」
「そんな……」
祖父母の顔が思い浮かびました。自分の両親のことだけで頭がいっぱいで、まさか祖父母がこんな状況に追い込まれているとは、思いもよりませんでした。
やる瀬なさが込み上げてきましたが、拳を握ろうとしても力が入らず、ただ、涙が溢れてきました。
「まあ……まずはお葬式をすることになると思うよ。コロナのせいで火葬場の予約が取りにくいみたいで、たぶん3日後とか4日後くらいになると思うけど……」
母は無遠慮に事情を説明し始めました。すると、「そういうことじゃないだろう! 少しは両親に悪いと思わないのか」と、父が急に怒りを露わにしました。
「もちろん悪いと思ってますよ。突然のことで、私だって気持ちの整理がついていないんですよ。でも、うちがこんな状況だったんだから、しょうがないじゃないですか」
「なんだって? 俺が悪いって言いたいのか?」
「そんなことは言ってないでしょ?」
「そういう意味だろ。うちがこんな状況じゃなければ、もっとほかにもできたことがあったかもしれないのに、全部お前のせいで台無しだよ」
「は? なにかしました? 私だってあんたの介護を毎日して疲弊しきってるんですからね。あんたのお母さんとまったく同じ状況じゃないですか」
「お前、よくもそんなことを軽々と言えるな。人間としてどうかしてるだろ」
「どっちのセリフですか」
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
エスカレートする両親の言い争いに、僕の心は蝕まれていくばかりでした。
「もうやめて!」
いままでにないほどの大声で、僕は叫び声を上げました。
これまでの体育祭準備からくる疲労感や、祖母の死を突然知らされたストレス、際限なく続く両親の言い争いに対する絶望感など、さまざまな要素が重なって、僕の心は限界を迎えてしまいました。
「やめてよ……。こんな人生やってられない。もう死にたいよ」
心の奥底から漏れてきたSOSのサイン。しかし、これは最悪の結果を招きました。父は、さらに怒りを増して迫ってきました。
「お前、いまなんて言った! もう1回繰り返してみろ」
「死にたい」
すると父はふらつきながらも椅子から立ち上がり、僕の胸ぐらをつかみ上げました。
「お前、死にたいって言ったんだな? 死にたいって口にしたんだな? あ?」
「なに?」
僕も怯まず抵抗しました。
「死にたいなんて簡単に口にするんじゃねーよ!」
そう言って父は、僕の顔を机に押しつけ、近くのキッチンにあった包丁を取り出しました。思いっきり鼻を机に打ちつけ、首元にはヒヤリと金属が当たった感覚がありました。
「ち、ちょっとなにしてるの!」
母は声を荒げましたが、父は止まる様子がありませんでした。
「そんなに死にたいなら、死なせてやるよ」
いまから殺されてしまうかもしれないという恐怖感が全身を襲い、僕は、過呼吸になりました。緊張で全身が震え、血の気が引く。あたかも死の瞬間に直面しているようでした。
「包丁を離して!」
母が近くにあった椅子を乗り越えて、全力で僕のほうに駆け寄ってきました。僕は、本能だけに身を任せ「ゔわぁぁ!」と力の限りを尽くして父の両手を振りほどき、なんとか立ち上がりました。
その反動で、父は包丁を持ったまま食器棚のほうへ倒れ込み、近くにあったガラス皿がガシャガシャと音を立てながら割れていきました。
頭に血が昇の ぼっていた僕は「自分で死んでやるよ」と言い放ち、そのまま家を飛び出しました。
玄関には、「お前に死ぬ覚悟なんてねーだろ!」という父の声が響きましたが、僕が知ったことではありませんでした。
外は気温35度を超える猛暑日でした。空は憎いほど澄み渡り、車道には陽炎が立ち込めていました。僕は携帯も財布も、何も持たずに、ただ涙と鼻水で濡れた制服を着たまま、近所の道を走り出しました。
死ぬ覚悟もなければ、生きる覚悟もない。それでもとにかく家族から、現実から逃げたくて、無我夢中で走り続けました。
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