【地名クイズ】「じゅうはちおんな」ではありません!「十八女」は何と読む?

地元の人にとっては見慣れたものでも、知らない人にはなかなか読めないこともある地名の漢字。漢字自体は簡単でも、読み方が難しい地名は多いですよね。

そこで本記事では、意外な読み方をする地名のクイズを出題します!

「十八女」は何と読むでしょうか?

普通に読めば、「じゅうはちおんな」ですよね。

「十」を「と」、「八」を「や」、「女」を「め」と読んで「とやめ」かな?と思う人もいるかもしれません。

しかし、「じゅうはちおんな」でも「とやめ」でもありません。

漢字の音だけで考えていると、ちょっと正解には辿り着けないでしょう。

漢字の意味から考えて、さらに想像力を膨らませてみる必要があります。

何と読むと分かったでしょうか・・・?

正解はこちらです。

「さかり」です。

十八女町(さかりちょう)は、徳島県阿南市にあります。

「鬼も十八番茶も出花」と言いますが、鬼でも年頃になればそれなりに美しく見え、番茶でも淹れたばかりは味が良い、という意味です。

平均寿命が短かった時代には、十八歳くらいが女盛りと考えられていたのでしょう。これにちなんで「十八女」と書いて「さかり」と読むようになったという説があります。

「十八女」の由来は諸説ありますが、その一つにこんなお話も。

平安時代末期、壇ノ浦の戦いで平氏は源氏に敗れます。

このとき、平清盛の孫である安徳天皇はまだ6歳で、祖母の二位尼(平時子)に抱きかかえられて入水自殺したと伝えられています。

この幼い天皇の可哀想な最期は、涙なしには語れない有名なエピソードです。

しかし、実はこの安徳天皇が生き延び、隠れ住んだのが現在の「十八女」の地だったという説があるのです。

そして、十八歳になった安徳天皇が名乗った名前が「十八女(さかり)」だったそうです。

あれ?安徳天皇は男の子では?

実は安徳天皇は女の子だったのではないかという説もあるのです。

京都市東山区にある泉涌寺では安徳天皇の肖像画を所蔵していますが、玩具で遊ぶ姿はとても可愛らしく、女の子のようにも見える気がします。

歌舞伎や人形浄瑠璃の演目の一つである『義経千本桜』でも、安徳天皇が女の子として登場します。そして、実は生き延びていたというストーリーです。

安徳天皇が生き延びていて、ひっそりと暮らしていたという伝説がある場所は、十八女町だけではないのです。それどころか、全国各地にあります。気になったら、調べてみると面白いですよ!