年を重ねて「ステキな女性」の特徴とは?【岩井志麻子のおんな欲】

先日、レディコミ女王とも称される井出智香恵先生*のお宅に、取材でお邪魔した。
語られる波乱万丈な半生にも圧倒され、数々の記録を打ち立てた漫画作品と、それにまつわる逸話にも感動したのは、いうまでもないのだが。
今、先生を思い出そうとすると真っ先に浮かんでくるのは、それらの常人離れした劇的な逸話を語る先生ではないのだ。

*編集部注:『羅刹の家』『女監察医』などの代表作がある漫画界の重鎮の一人。1948年生まれ、73歳(2021年3月時点)

 

井出先生と出かけたときの話

先生が行きつけのお店でコーヒーを飲みましょうと、御自宅の前の歩道を歩いているとき。後ろから来た若い男の自転車が、我々を瞬時に追い越していった。彼はベルを鳴らさなかったので、いきなり横を走り抜けられるまで気がつかず、びっくりした。

「ちりんちりん、鳴らそうよ!」

すぐに井出先生は、遠ざかる男の背中に声をかけた。すると男もハーイ、返事をした。
ただそれだけといえばそうなのだが、井出先生のいろんな真っ直ぐさに心打たれた。私は危ないなあと腹を立てても、とっさに注意できない。そいつがヤバい奴で、逆ギレされても嫌だわと、つい躊躇ってしまうのだ。

 

「真っ直ぐさ」に感動

しかし井出先生は、刺々しい怒鳴り声でもなく、本当にシンプルに注意したのだ。だから男も、素直に返事したのだろう。
一事が万事というのか、なんでもないことがすべて、というのか。私とは違い過ぎるわ、やはりこの人は選ばれしスター、といった女性を目の当たりにすれば、素敵という以前に、委縮するときもある。井出先生は実に自然体で、こちらも素直になれるのだ。

他人のちょっとした無作法を注意する、見知らぬ困っている人に声をかける、よその子でもきちんと叱って心配してやる、といった普通の人が普通にできることを、面倒だったり関わりたくなかったり揉め事を起こしたくなかったりで、なかなかできないものだ。

井出先生が偉大な漫画家としてではなく、まったく普通のおば様として振る舞ったことが、なんとも素敵に見えてしまった。私もベストセラー作家になるのはかなり大変、困難だが、ああいう日常の正しきことはできるはずなので、見習いたいと思った次第だ。

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作家 岩井志麻子

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