桂小五郎「あり得ないにもほどがある」勝ち続けるための手段とは?幕末の剣豪「負けなければすべて勝ち」の強メンタルに学ぶもの
ボロを着てでも逃げる徹底的な逃げ技術、「逃げの小五郎」が見せるおおらかさ
池田屋事件のすぐあとに起きた禁門の変は、長州藩と幕府軍が京都で衝突した戦いでした。長州藩は敗れて京都を追われます。
この戦いでは多くの長州藩士が戦死しましたが、小五郎はというと生命からがら主戦場の京都御所を脱出。汚い身なりに着替え、避難民に紛れて鴨川のほとりに潜伏しました。小五郎は敗北者側なので、京都で幕府側に見つかったらたちまち逮捕ですからね。逃げ上手をここでも発揮しました。
小五郎のすごいところは、武士の面目とか、堅苦しいこだわりが一切ないところです。
当時の小五郎の心情は「とにかく生き延びてさえいれば、なんとかなるさ!」という感じでしょうか。汚い格好に変装したり、武士のメンツなんておかまいなし。剣だけでなく、メンタルも相当鍛えられています。食事は、のちに妻になる芸妓の幾松が、橋の上から下に落としてくれるもので空腹をしのいだといいます。
首尾よく追っ手から逃れた小五郎は、ヤバい京都から離れて遠くへ行こうと、但馬国(現・兵庫県北部) 出石まで逃げました。荒物屋や寺などを転々とし、情報収集をしながら1年近くにわたって潜伏生活をします。
後半は幾松と再会し、城崎温泉にも滞在しました。しっかり休んだあと、「ようし、そろそろ再起を懸けるか!」と長州藩へ戻ります。
逃げまくったことから、「逃げの小五郎」とあだ名がつけられたほどでしたが、逃げてもみじめな感じがなく、どこか明るさがありますね。
▶武士のメンツの時代に「死んだらおしまい」を理解していた合理性
この記事は
主婦の友社
OTONA SALONE編集部
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