45歳、進行性の難病「ALS」と診断された2児の母。「体が少しずつ、自分のものじゃなくなっていく」恐怖を語る

ALSってしんどいよ

正直に言います。ALSって、本当にしんどいです。

ときどき足がつる程度のときは、まだ我慢できていました。それがいつの間にか、「毎晩」「同じ場所が」「必ずつる」という状態に変わっていったのです。

次第に歩きづらさが増し、やがて歩行困難となり、診断が下りる頃には、車椅子が主な移動手段になっていました。

ぐっすり眠ることもできません。体がこわばってしまい寝る体勢が安定せず、途中で何度も目が覚めてしまうのです。睡眠時間は続けて眠れて1時間、トータルで4時間いくかどうか。これを、毎日です。

まだ自分で動かせる部分が少しあるからこそ、「動かしたい」という気持ちが勝って、どうにかしたくなってしまう。そのせいで眠れなくなるのです。

「すべてを諦めてしまったら、もっと眠れるのかもしれない」

そんな風に思うときもありますが、諦めてしまったら、この病気に心まで持っていかれてしまいそうで。それだけは、なんとしても許したくないのです。

これはわたしの実感ですが、ALSは「体が少しずつ、自分のものじゃなくなっていく病気」です。今日は動かせていても、明日は動かせなくなるかもしれない。自分の意思で体を操ることができなくなるかも。寝る前、毎晩こう考えています。

とても怖いし、悔しいし、しんどい。

家族にも迷惑をかけています。わたしに合わせて夜も起こしてしまうので、体も心も限界、と思える瞬間も少なくないと思います。「このまま生きていていいのかな」と思ってしまうことも、もちろんあります。

元気なときのわたしじゃ浮かびもしないような考えが頭をよぎるのです。それでも、こうやって自分の心を言葉にして書いていくと、「まだ、大丈夫。わたしはわたしだ」と確かめられている気がします。

 

名前のない恐怖

ALSだと診断を受ける数か月前、先生の手元にある自分のカルテがちらりと見えてしまったことがあります。そこには「神経の異常」と書かれていました。全身から血の気が引くようでした。体調不良の原因をいろいろと調べていて、「ALSが神経の病気である」という知識があったからです。

それ以来、不安を抑えきれずに、来る日も来る日もインターネットで自分の症状に合う神経の病気を検索しました。

「ALSしかない」という諦めと、「どうか違っていてほしい」という願いがせめぎ合い、心が限界に近づいているのを感じていました。思い返せば、確定診断がつくまでが、いちばんつらい時期だったかもしれません。

自分が何の病気なのかわからないまま、足だけがどんどん動かなくなっていく。どうしたらいいのかわからず、朝から晩まで不安で胸がいっぱいでした。

怖くて眠れず、やっと眠れたと思っても夜中にふっと目が覚めるのです。暗い天井を見つめていたら、ワッと涙があふれてくる。泣いても、状況は変わらない。その頃の記憶はなんだか曖昧(あいまい)で、ただ苦しかったことだけを覚えています。

こんなに食べるのが大好きなわたしの、あの頃食べたごはんの記憶がありません。頭からすとんと抜け落ちてしまったようなのです。

 

ここまでの記事では、「ALS」と診断される前後の状況と心情についてご紹介しました。続く関連記事では、はらださんが感じた「母としての葛藤」と「病を受け入れるまで」をお届けします。

関連記事>>「こんなママでもいいの?」進行性の難病を抱えながら、2人の子どもを育てる女性がたどり着いた結論とは

 

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著者略歴: はらだまさこ(ハラダマサコ)
1981年、喫茶店文化の街・愛知県豊橋市に生まれる。カフェオーナーの賢介さんと結婚後、出産を機に、家族で日本と海外を行き来する「暮らすように旅する」生活を送る。各地で出会った料理と食文化に影響を受け、2018年、福岡にオーガニック喫茶店「Sounds Food Sounds Good」をオープン。2021年、長女を出産後、足に違和感を覚え、2023年にALS(筋萎縮性側索硬化症)の診断を受ける。失意のなか、自然治癒の症例があることを知り、わずかな希望に光を見いだして生きることを決意。子どもたちに自分の味と記憶を残したいと、不自由な手でレシピを書き始める。2025年7月より、〈天然生活ウェブ〉にて連載を開始。

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