【シャネル】が今も「特別」な理由と、バッグやドレスに込められた深い意味。孤児から大富豪に登りつめた〈ココ〉が、起こした革命とは

なぜガブリエル・〈ココ〉・シャネルは、没後半世紀を経た今もなお、世界中の人を惹きつけ続けているのでしょうか。ただ美しい服を生み出したデザイナーというだけでは語り尽くせない、その生き方や思想に、いま改めて注目が集まっています。

こうした問いに、ファッションと社会の関係を長年研究してきた中野香織氏は、シャネルを「20世紀の女性像そのものを更新したイノベーター」だと位置づけ、服の機能性やデザインの背景には「女性の自由と自立を求める強い意志があった」と指摘します。

本記事では、中野氏の著書から、シャネルの人生と創作に通底する思想と、現代にも通じる生き方のヒントをご紹介します。

※本記事は書籍『「イノベーター」で読む アパレル全史【増補改訂版】』(中野香織:著/日本実業出版社)から一部抜粋・編集したものです

 

自由と自立の美学を体現したガブリエル・〈ココ〉・シャネル

1928年頃のガブリエル・〈ココ〉・シャネル(1883~1971)(PD)

没後半世紀を経ても、ガブリエル・〈ココ〉・シャネルの名声と影響力は衰える気配を見せない。彼女の生涯は繰り返し映画や舞台の題材となり、すでに数多くの伝記や名言集が出版されているにもかかわらず、新たな出版が絶え間なく続いている。

ファッションの力によって、修道院で暮らす孤児からホテル・リッツに住まう富豪へと駆け上がった〈マドモワゼル〉シャネルの生涯の、どこをどう切り取っても興味深く、インスピレーションの源泉であり続けているからにほかならない。

モードの歴史におけるシャネルは、服飾の領域を超え、20世紀の女性像そのものを更新した。彼女が生み出したスタイルは、シャネルが送った人生と切り離して考えることは不可能で、彼女の闘争の記録と言っても過言ではない。

たとえば、白と黒のモノトーンの組合せは、修道院時代の記憶から生まれた。「貧しい素材」と呼ばれたジャージー素材をハイファッションへと格上げした挑発的な試みには、上流階級に対するアンチテーゼが込められていた。

さらには、メンズライクな服コスチューム・ジュエリー、ツイードのシャネルスーツといった象徴的な作品の背景には、恋人たちとの複雑な愛の軌跡や芸術家たちとの交流がある。

最初の愛人エティエンヌ・バルサンや最愛の恋人アーサー・エドワード・〈ボーイ〉・カペル、ロシアの亡命貴族ディミトリー大公、作曲家ストラヴィンスキー、英国の富豪ウエストミンスター公爵、画家のピカソ、詩人ルヴェルディ、映画監督ビスコンティ、芸術家ジャン・コクトーなど、時代の寵児たちとの愛や友情や別れや葛藤のエピソードは、シャネルの創作に陰いん翳えいと広がりを与えている。

シャネルが生み出したファッションの機能性は、女性の身体の自由や社会的制約からの解放という意味を持つ。

アーサー・エドワード・〈ボーイ〉・カペル(1881~1919)シャネルが最も愛した男性とされるイギリスの実業家(PD)

ショルダーチェーン付きのバッグは、両手を自由に使えるようにとの配慮から。キルティングはキズや汚れを目立たせないようにするための工夫である。ベージュと黒のツートンの靴は、ベージュによって足を長くセクシーに見せながらも、汚れやすいつま先を黒にしたトリック。

シャネルスーツの上着の裾に仕込まれた鎖は、手を上げても縦のラインを滑らかに保つため。

こうしたすべての機能性が、単なる美の追求にとどまらず、女性が社会のなかで自由に、自律的に生きるための服という思想のもとに設計されている。

「黒は喪服」という19世紀的な通念を覆したリトル・ブラック・ドレス(装飾を最小限にした黒いシンプルなドレス)や、「本物」の貴金属と「偽物」の非貴金属を混ぜたコスチューム・ジュエリーは、形式偏重の上流階級の価値観に対する批判精神を込めながら、ファッションやアクセサリーの新たな可能性を切り開いた。

自由意思を持って働き、自立し、自分自身の尊厳が保たれる価値観を反映したファッションアイテムは、人生を能動的に生きたいと願う女性の定番となった。おびただしい量のコピー製品が市場に出回ることになったが、シャネル自身は、「模倣されるのは本物である証」として動じなかった。

「モード、それは私」という言葉に、徹底的に自分起点のオリジナルであることに由来するゆるぎない自信が表れる。

サー・ウィンストン・チャーチルとシャネル(1921年。PD)

女性の経済的自立が困難であった時代に、修道院で育ったシャネルは、被扶養者や愛人という立場を一時的に通過しながらも、自らの意志で起業し、世界的なブランドを築き上げた。

その陰には、幾多の別離、裏切り、孤独といった代償も存在した。それでもシャネルは、自分の人生を自分の望むままに生き、望む男を恋人に選び、着たいと思う服をデザインする、という主体的な生き方を選び、それを貫いた。

波乱万丈の生涯は、それが幸福だったかどうかという俗的な基準すら無意味にしてしまう。仕事と生活を切り分けるのではなく、すべてを「生きること=創造すること」として引き受けたその姿勢には、「ワークライフバランス」という議論すらかすませる迫力がある。

仕事もプライベートも融合して、すべてを仕事に還元する覚悟で臨んだ人生の暁には、予期せぬブレイクスルーや、本物のイノベーションが待っていることをシャネルは示唆する。

ファッションを通じて社会制度に挑み、自由意志を守り通したマドモワゼルは、自らの人生そのものを、一つの革命として生き抜いた。その痕跡は、21世紀を生きる私たちにいまなお、「本物とは何か」「自由とはなにか」という時代を超えた根源的な問いを投げかける。

1960年代のシャネルスーツ( 「ガブリエル・シャネル展 Manifeste de mode」で筆者撮影)

シャネルの2.55ハンドバッグとマサロ製作のバイカラーシューズ(「ガブリエル・シャネル展 Manifeste de mode」で筆者撮影)

ここまでの記事では、「シャネル」の生き方とブランドの歴史についてご紹介しました。つづく関連記事では、「エルメスがなかなか手に入らない理由」についてご紹介します。
つづき>>【エルメス】はなぜ、こんなに買えないの?バーキンが「ただの高級品」で終わらない理由は、ブランドの歴史にあった⁉

 

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著者略歴:中野香織(なかの・かおり)
株式会社Kaori Nakano 代表取締役。ラグジュアリー文化を中心に取材・著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。日本経済新聞、北日本新聞など多くのメディアで連載、記事は英語版も作成、発信する。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)、『モードとエロスと資本』(集英社新書)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)など著書多数。共著に『英国王室とエリザベス女王の100年』(宝島社)、『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義』(クロスメディア・パブリッシング)がある。2022年「マリー・クワント展」では展覧会と図録の翻訳監修。経済産業省「ファッションの未来研究会」委員。東京大学文学部および教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。英ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学国際日本学部特任教授、昭和女子大学客員教授を歴任。

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