【エルメス】はなぜ、こんなに買えないの?バーキンが「ただの高級品」で終わらない理由は、ブランドの歴史にあった⁉
「エルメスは欲しくても簡単には買えない」「バーキンは一生に一度持てたらいいバッグ」──そんな声を、SNSや日常会話で耳にしたことはありませんか。正規店に足を運んでも出会えない、価格だけでなく“順番”や“関係性”が必要とされる世界に、憧れと同時にフラストレーションを感じている人も少なくないはずです。
それでもなおエルメスが人気なのはなぜなのでしょうか。ラグジュアリー文化を長年研究してきた中野香織氏は、その理由を「希少性」や「価格」ではなく、創業以来貫かれてきた哲学と選択の積み重ねに見いだします。
本記事では中野氏の著書から、エルメスが“買えないブランド”であり続ける意味と、その価値の源泉をひもといていきます。
※本記事は書籍『「イノベーター」で読む アパレル全史【増補改訂版】』(中野香織:著/日本実業出版社)から一部抜粋・編集したものです
家族経営の軌跡ティエリー・エルメスとその子孫

ティエリー・エルメス(1801~1878)(PD)
ティエリー・エルメス ── 馬具に対する革新的なアプローチ
LVMHを筆頭にブランドのコングロマリット化が進む現代においても、エルメスは家族経営を基盤とし、独立性を保つ数少ないハイブランドである。その創業者ティエリー・エルメスは、最高品質の製品、革新的なデザイン、そして魅力的なヘリテージを通じて、今日のブランド価値を築いた。
ティエリー・エルメスは1801年、ドイツのクレフェルドに生まれた。当時のフランス統治下で、彼はフランス国籍を持つユグノー教徒の家庭に育ったが、幼少期に家族全員を失い孤児となる。
13歳のとき、パリを目指し500キロの道のりを一人で歩き抜き、1837年、パリで革細工の店を開業する。彼の店は、馬具の製造において卓越した技術を示し、馬車文化が隆盛を極めるブルジョワ階級に支持された。
ティエリーの革新的なアプローチは、馬に優しい馬具の製作に表れている。丸みを帯びた首輪は、馬の体に負担をかけない設計で、顧客に対しても「最高の品を提供するが、それを御するのはお客様自身」という信念を貫いた。この精神は、エルメスのロゴであり、四輪馬車と従者が描かれた「ル・デュック」にも反映されている。
子孫たちによるブランドの進化
ティエリーの息子たちも、父の遺志を引き継ぎブランドを発展させた。特に次男のシャルル=エミール・エルメス(1831〜1916)は、1878年のパリ万博でグランプリを獲得し、エルメスの名を世界に広めた。
19世紀後半、自動車の普及により馬具の需要が減少するという危機が訪れる。この時代の変化に対応したのが3代目のエミール=モーリス・エルメス(1871〜1951)である。
彼は馬具製造の技術を応用し、バッグやブルゾンといった革製品の開発に注力。特に1920年代には、アメリカからファスナーの特許を取得し、これを革製品に取り入れることでエルメスの革新性を示した。
職人と顧客との信頼関係
エルメスの成功の基盤は、職人の技術を大切にする姿勢にある。エミールは職人を第一に考え、有給休暇や健康保険といった福利厚生を導入した。この結果、1929年の世界恐慌の際には職人たちが経営陣を支え、賃金支払いの猶予を申し出ることで会社を危機から救った。
このような相互信頼の関係は、エルメス製品の長寿命と顧客との長期的な友好関係にも寄与している。エルメスは、〝持続可能性〟という概念がまだ一般的でなかった時代から、それを実践していたブランドといえる。
アイコニックな製品と家族経営の維持
戦後、4代目ロベール=デュマ・エルメス(1898〜1978)の時代には、スカーフやオレンジ色の包装紙といったブランドの象徴が次々と誕生した。また、「ケリー・バッグ」や「バーキン・バッグ」など、エルメスを象徴する製品が5代目ジャン=ルイ・デュマ(1938〜2010)の時代に生み出された。
エルメス家は、2010年代にLVMHによる株式取得という大きな危機にも直面したが、家族による持株会社を設立しブランドの独立性を守ることに成功した。この出来事は、家族経営の価値と強さを再確認させるものとなった。
エルメスの精神──決してあきらめない
ティエリー・エルメスが貫いた「最後まであきらめない」という精神は、創業者の気概にとどまらず、ブランドの中枢に息づいている。
エルメスの歴史の白眉は、馬車という主力製品が時代遅れとなり、世界が急速に自動車へと舵を切った激変の時代に、終わりではなく「始まり」を選んだことにある。馬具職人として培われた高度な技術と素材への深い洞察を、鞄や財布、衣服、さらには生活芸術へと応用し、独自の進化を遂げてゆく。
それは単なる事業転換ではなかった。大量生産と価格競争が支配する市場環境のなかで、「手間を惜しまぬこと」「人の手にこだわること」「簡単に妥協しないこと」という「遅さ」の哲学を、あえて価値に変える戦略的な選択だった。
スピードよりも完成度を、流行よりも本質を選ぶ姿勢が、ブランドを短命な成功ではなく、長命な信頼へと導いてきたのである。
2025年春、エルメスは時価総額でLVMHを一時的に上回り、名実ともに世界で最も価値あるラグジュアリーブランドとなった。M&Aとブランド多角化によるスケール拡大を進めてきた LVMHに対し、エルメスは垂直統合と自社職人による製造に徹し、成長よりも信頼と供給管理を優先する独自の経営戦略を貫いてきた。
その長期志向と資本の安定性が、地政学リスクや市場変動が続く現代において、安全資産としての評価を高め、投資家の支持を集めているのである。市場の熱狂よりも、構造の堅牢さを。流行よりも、哲学を。エルメスの静かな躍進は、「信念の勝利」として、ラグジュアリーの未来に一つの基準を打ち立てた。
ここまでの記事では、「エルメス」というブランドの歴史とこだわりについてご紹介しました。つづく関連記事では、「シャネルが今なお愛され続ける理由」をご紹介します。
つづき>>【シャネル】が今も「特別」な理由と、バッグやドレスに込められた深い意味。孤児から大富豪に登りつめた〈ココ〉が、起こした革命とは
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■著者略歴:中野香織(なかの・かおり)
株式会社Kaori Nakano 代表取締役。ラグジュアリー文化を中心に取材・著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。日本経済新聞、北日本新聞など多くのメディアで連載、記事は英語版も作成、発信する。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)、『モードとエロスと資本』(集英社新書)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)など著書多数。共著に『英国王室とエリザベス女王の100年』(宝島社)、『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義』(クロスメディア・パブリッシング)がある。2022年「マリー・クワント展」では展覧会と図録の翻訳監修。経済産業省「ファッションの未来研究会」委員。東京大学文学部および教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。英ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学国際日本学部特任教授、昭和女子大学客員教授を歴任。
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