戦国時代、なぜ「幽閉」が行われたのか?恐怖の実態と官兵衛以外で幽閉された者とは
黒田官兵衛のほかにも、幽閉された高名な者たちがいた
戦国時代に幽閉された人物として、織田信長に滅ぼされた名門一家・北畠具房が挙げられます。彼は3年にもわたって幽閉されたと伝わっています。具房は解放されてすぐに亡くなりました。また、今川義元の娘を妻とする武田義信は、父・信玄の暗殺を企てた謀反にかかわったとし、甲府東光寺に幽閉された後、自らこの世を去りました。
幽閉する側にとって脱出や手引きが懸念材料であったことは前述のとおりですが、幽閉先から脱出に成功した者もいます。細川政元に戦で負けた足利義材は幽閉されたものの、側近の手引きで脱出に見事成功しました。
「幽閉」は「刑務所」の先駆けではない
戦国時代は現代とは罪の基準や罪に対する認識が大きく異なるため一概に比べられないものの、幽閉された人の中には敵に捕らわれた者だけでなく、謀反を企てた者も含まれます。現代であれば刑務所に送られるような人物もいたということです。現代の刑務所は社会の安全を守るという役割を果たしつつ、更生を主眼とした施設です。単なる隔離や罰を与える場というよりは、社会復帰を目指す場といえます。一方、戦国時代においては、謀反を起こした者などを地下牢に幽閉することで、自国や陣営、武将の安全を確保するのが目的でした。
日本に刑務所的な施設が登場するのは、江戸時代中期以降です。“鬼平”の愛称で知られる長谷川平蔵は、江戸市中で無宿人や浮浪者による犯罪が横行している状況を見て、人足寄場を創設しました。ここに収容された者は労働を通じて更生し、社会復帰を目指しました。戦国時代を含むそれ以前の時代は、罪を犯した者に対して“〇〇を通して更生させる”、“社会復帰を目指す”という発想はほとんどなく、即時処刑や残酷な拷問によってその場で制裁し、社会の治安を守るのが一般的でした。
24話の振り返り>>黒田官兵衛(倉悠貴)がついに誕生! だし(山谷花純)に最期まで愛された荒木村重(トータス松本)は、“信用できない男”だが、憎めない男!?【NHK大河『豊臣兄弟!』24話】
<参考資料>
河合幹雄(監修)『現代 刑務所の作法』 ジー・ビー、2021年
日本史ミステリー研究会(編集)『日本で本当に行われていた 恐るべき拷問と処刑の歴史』彩図社 、2015年
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