「私は、この人と死ぬまで一緒にいるのだろうか」60歳妻が熟年離婚を決意した“最後のひと押し”
どこにいても、イヤな気分にさせられるのは、同じ
二人で車で外出するときは、Tさんにとって恐怖の時間でした。車の流れが少し遅くなるだけで舌打ちをし、乱暴に車線変更をし、急にアクセルを踏み込みます。
「危ないよ。もう少しゆっくり走って」
Tさんがそう言うと、夫はさらに苛立ち、
「うるさい。運転しているのは俺だ」
「黙って乗ってろ」
と怒鳴るのです。急ブレーキで身体が前に振られ、急加速で背中がシートに押しつけられます。Tさんはシートベルトを握りしめ、吐き気をこらえます。楽しいはずの外出は、帰宅する頃には、車酔いと緊張でぐったりする時間へと変わっていました。夫の運転で命の危険を感じても、Tさんの中では、恐怖よりも諦めのほうが強くなっていました。
このまま事故に遭って、自分が死んだほうが楽になれるのではないか。そんな考えが、一瞬頭をよぎることさえありました。夫との生活を終わらせる方法が、自分の死しか思いつかないほど、Tさんの心は疲れ果てていたのです。
家に戻っても、夫婦の会話はありません。互いに別の部屋で過ごし、必要なことだけを短く伝える毎日でした。Tさんには、老後のお金について相談したい気持ちがありました。夫は欲しいものがあると、金額を気にせず購入します。趣味の道具や外食にお金を使い、貯金をする余裕もありません。
「これから収入も減るんだから、無駄遣いはやめてほしい」
Tさんが、やっとの思いでそう伝えても、
「考えて使っている」
「一つも無駄なものはない」
「俺の金をどう使おうが勝手だ」
と言うだけで、話し合いにはなりません。夫は自分を正当化し、妻の不安を「細かい」「うるさい」の一言で終わらせてしまうのです。
悩みを相談すれば、それをモラハラに利用される
Tさんが夫に悩みを相談できないのは、返事をしてもらえないからだけではありません。打ち明けたことが、あとから攻撃の材料にされるからです。まだ若かったころ、友人関係の悩みを夫に話したことがありました。そうしたら、数日後の夫婦げんかの最中に、「お前は、あの人にも嫌われているくせに!」と言われたのです。
さらに、仕事で落ち込んだ話をすれば、「お前に能力がないからだ」と言われるのでした。夫婦なのに、心を許すことができないのです。Tさんは長い間、「子どもたちが大人になるまでは」と、自分に言い聞かせ、夫のモラハラがひどい時期も我慢を続けてきました。
子どもが巣立ったあとは、夫婦だけの穏やかな時間が来るという期待も、どこかに残っていました。しかし、実際に始まった二人の生活は、怒鳴り声が減った代わりに、無視ばかりが増えていったのです。穏やかな夫婦生活とは、ほど遠いものでした。返事をしないこと。予定を伝えないこと。相手の時間を軽く扱うこと。家庭の空気を、自分の機嫌ひとつで支配すること。こうした行為もまた、相手の心を少しずつ消耗させていくのです。
「この夫と死ぬまで一緒にいるのか」と自問した日
Tさんは、
「私は、この人と死ぬまで一緒にいるのだろうか」
と考えるようになりました。
これまでTさんは、夫に大切にされたいと思うことさえ諦めていました。期待すれば、また傷つくからです。Tさんが望んでいるのは、特別な愛情ではありません。話しかけたら返事がほしい。約束を守ってほしい。不安なことを一緒に考えてほしい。ただ、自分も大切に扱われたい。それだけなのです。
子どもが巣立ったら離婚する。そう決めていたはずでした。しかし、六十歳を迎えた今、自宅を売って財産分与をしても、手元に残るお金は多くありません。年金分割をしても、これから先、家賃と生活費を払い続けていけるのか。
老後への不安が、Tさんの決断を鈍らせていました。
それでも、無視され、話し合いを拒まれ、荒い運転に命の危険を感じながら暮らし続けることにも、もう耐えられませんでした。
「私は、離婚を考えています」
Tさんは初めて、夫にはっきりと伝えました。
すると夫は、
「今すぐ出ていけ!」
と怒鳴りました。
ところが翌日になると、何事もなかったかのように過ごしながら、以前よりもTさんに話しかけ、予定を確認するようになったのです。夫はようやく、妻が本当に自分のもとを離れる可能性を感じたのでしょう。
しかし、Tさんはすぐに夫を信じるつもりはありません。モラハラ夫は、妻を失うかもしれないと感じたときだけ、一時的に態度を変えることがあります。
大切なのは、その場限りの優しさではありません。その態度が、本当に続くのかどうかです。
Tさんは、もう期待だけで自分を納得させることはしません。夫の行動を冷静に見ながら、自分の老後と、これからの生き方を考えていくことにしました。
離婚という言葉を口にしたことで、夫が変わったわけではありません。
変わったのは、Tさんです。
Tさんは初めて、「自分の人生を夫任せにしない」と決めたのです。
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