すい臓がんで余命宣告された父。亡くなった当日より葬儀の日より、半年後に辛く悲しい気持ちになったきっかけとは 

桜が綺麗に思えない……。胸が押しつぶされるような感覚も。悲しみの中で過ごした春

「すい臓がんで余命3ヶ月」その言葉を医師から聞いた約5ヶ月後、父はこの世を去ります。「沈黙の臓器」と言われている「すい臓」。ゆえに、すい臓がんは初期段階で症状が現れることはほぼないため、父も黄疸が出たタイミングで発覚し、すでにステージ4の状態でした。

 

そのときにがんは広がっていて、主要な血管や神経に浸潤しているため、大きな手術は難しい。年齢的に手術や化学療法は体の負担になることから、「何もしない」という選択肢もある。そう医師から聞いた父は「抗がん剤治療はせず、住み慣れた家で、このまま穏やかな時間を過ごす」という道を選びます。

 

当時は、「なんとか治療をする道はないものか?」と諦められなかった私。しかし、最期まで痛みを伴うこともなく苦しまずに亡くなった父を見て、「父の想いを尊重してよかった……」と心から安堵したのです。

 

ところが亡くなって半年が過ぎた辺りから、それまで以上に父のことを考える時間が多くなりました。さらに、急に悲しみに襲われ、胸がギュッと押しつぶされるような感覚も。

 

父が亡くなった当日も葬儀の日も、ここまで辛くなることはなかった。私自身がその感情に戸惑いながら、気付けば寒さは徐々に和らいで、暖かい日差しを感じる春になりました。

 

1年を通して最も好きな春。これまでなら当たり前のように外に出て春を楽しんでいたけれど、色づき始めた桜を見ても「美しい」と思えず、何だか自分の心もぼんやりしています。

 

それよりも、「1年前に桜を見たのは、『抗がん剤治療はしない』と医師に伝えるために向かうタクシーの中からだったよな……」などと、辛く悲しい気持ちになっていたのです。

 

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