「妊婦の腹を裂いて胎児を見た」狂気の噂も……。山田涼介が演じる豊臣秀次(三好信吉)は何者でどんな運命を辿ったのか。“山田にハマリ役”と言える理由とは

2026.09.16 LIFE

山田涼介が演じる秀次(三好信吉)はどんな人物?

本作の第35話で、とも(宮澤エマ)と弥助(上川周作)の息子である万丸が、三好信吉/豊臣秀次(山田涼介)として戻ってきました。成長した信吉に母としての愛情を懸命に注ぐともの姿に涙を流した視聴者も多いのではないでしょうか。

 

史実においても、秀次は秀吉の姉・ともの息子です。幼少時、浅井長政の家臣・宮部継潤のもとに、養子に出されました。その後、おねと秀吉の養子となり、24歳のときに尾張百万石を与えられて関白の位に就きました。

 

しかし、秀次は秀吉の庇護下で順風満帆な人生を歩めたわけではありません。秀吉は秀次を後継者にしようと考えていたものの、淀(茶々)との間に実子・秀頼が生まれると、「秀頼に家督を継がせたい」と気変わりしました。そして、秀次に謀反の罪を着せ(※1)、荒野山に追放し、切腹させたのです。秀次が28歳の頃でした。

 

自分の血を分けた実の息子に家督を継がせたい……。甥が邪魔になるという思いもまた、親としての自然な心でしょう。ことに、兄弟同士ですら殺し合った乱世にあっては、決して珍しいことではないように思います。

 

とはいえ、秀次の謀反については確固たる史料が残っておらず、いくつかの諸説が存在します。もっとも有力とされるのは、秀吉が秀次を疎ましく思い、無実の罪を着せたとする説で、この際、秀次の側室候補であった15歳の駒姫までもが処刑されたといわれています。他にも、秀頼の誕生を契機に秀次が自暴自棄に陥ったとする説や、秀次が秀吉から赦免の言葉を聞く前に自ら命を絶ったとする説などがあります。

 

主人公・小一郎をモデルにした秀長は1591年、秀次は1595年に亡くなっているため、秀次の最期が『豊臣兄弟!』において描かれる可能性は低いと考えています。

 

※1 秀次に謀反の罪を着せたのは、淀という説もある。淀は秀吉との間に子を授かり、秀吉の正妻であるおねにも強気だった。

 

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