「もう限界、二人同時に!?」手足が動かない母と、認知症を発症した父。在宅「ダブル介護」の壮絶すぎる悲鳴【100人の介護】
「もう仕事を辞めるしかない?」Nさんを支えてくれたのは?その後W介護でさらなる地獄が
お母さんは初期の治療を無事に終え、その後3ヶ月ほど入院を続けてリハビリをすることに。しかし、下半身がまったく動かず、車椅子生活になったといいます。実は病院からは、「リハビリ後、施設への入所も検討してみては?」と勧められたそうですが、お父さんが猛反対! なんとしても家に戻ることを望んでいたので、Nさんもお母さんが自宅で暮らせる準備に力を注いでゆきました。
フルタイムで働きながら家事をこなし、そこに介護という新たな役割が加わった。そんな毎日を、Nさんはどのように乗り越えていったのでしょうか。
「とにかくもう、必死でしたね。父の介護をしながら母の病院に通う毎日は、落ち込んでる暇もなくて。私も母には自宅に戻ってほしかったので、とにかくリハビリを頑張ってもらおうと! 我が家の玄関に入るためには階段を8段ほど上る必要があり、『これを上がらないと家には帰れないね』と母を激励しながら、病院の方にも来てもらい何度も訓練しました」
そんなNさんを支えたのは、地域包括支援センター(※2)のスタッフの方だったそう。
(※2)住み慣れた地域で生活を継続することができるよう、介護や高齢者に関する悩み、心配ごと、暮らしのことなどを支援する「総合相談窓口」。
「母の病院では、ケースワーカー(※3)さんにいろいろ相談にのってもらいましたが、家にいる父のことまでは話せません。少し現状を伝えたら、『Nさんがお住まいの地域ならここですよ』と地域包括支援センターを紹介してくださったんです」
(※3)病院で働くケースワーカーは医療ソーシャルワーカーとも呼ばれ、患者や家族から相談を受け、必要な支援を検討する。
さっそく相談に行くと、「それであればお父さまとお母さま、お二人の要介護認定(※4)を受けるところからはじめましょう」ということになりました。
(※4)介護保険サービスを利用するために、心身の状態から、どれくらい介護が必要かを客観的に判定する公的な仕組み。
「介護のことを誰に聞いたらよいか分からない……」周囲には、Nさんと同年代の介護経験者はほぼゼロの状態だったため、地域包括支援センターの存在は本当に大きかったとか。具体的な介護の道筋を示してくれるだけでなく、時には背中を押して励ましてもらうなど「本当に心強い存在でした」とNさんは話します。
「当時、私が一番悩んでいたのは『このまま仕事を続けられるだろうか』ということ。そんな不安な気持ちを伝えると、『お母さんのことは病院に任せて、今はお父さんのことに集中しましょう。お一人の介護なら、きっと大丈夫。あまり先のことまででなく、この1~2ヶ月のことだけを考えて!』と気持ちの面でもサポートしていただいたな、と感謝しています」
そんな日々を経て、予定通り3ヶ月後にお母さんはNさん家族の待つ自宅に戻ることができました。ところが、お父さんとお母さんの“在宅ダブル介護”の過酷さは、想像を遥かに超えていて……。この続きは、また次回お届けしたいと思います。
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