「一家心中」寸前から難関校受験へ…残された時間はあと1カ月。偏差値52の中3男子が「東大」を目指した理由とは
翠嵐高校を受験する
どういう経緯で家族が一家心中を思い止まったのか、僕にはその記憶がありません。
極限状態まで、精神的に追い込まれていたので、途中で意識を失ってしまったのだと思います。僕が覚えているのは翌日以降のことだけです。
翌日の昼過ぎになってから目を覚ましました。両親は1階にあるリビングのテーブルで、昨日の話し合いを続けていました。父は言いました。
「学校には欠席の連絡を入れておいた。今日はゆっくり休みなさい。それと、生活保護を受給できないか、役所に相談してみることにした。無理だったら、覚悟しておいてくれ。すまないな」
覚悟という言葉が死を意味していることくらい、言われなくてもわかりました。いたたまれない気持ちになった僕は、気晴らしをしようと、片道2時間かけて横浜駅へ向かいました。
みなとみらいの赤レンガ倉庫や観覧車を思い浮かべて横浜駅の改札を出た僕ですが、目の前に広がっていたのは、飲食店が立ち並ぶ繁華街。
夕暮れ時の駅周辺には、スーツ姿の大人たちや制服姿の中高生たちが賑やかに行き来していました。
街の華やかさに吸い込まれるようにしばらく西口商店街を歩いてみましたが、聞こえてくる会話に僕は嫌気が差しました。
愚痴や喧嘩すらも、幸せそうにしか聞こえなかったのです。我慢の限界を超えた僕は、橋の上で叫びました。
「こんな人生、やってられるかぁぁぁ!」
たまっていた感情を吐き出すと、今度は周囲の視線が急に恥ずかしくなってきました。そこで僕は、近くのマクドナルドに逃げ込みました。
店内は、奇妙なほど静まり返っていました。違和感を覚えて周りを見渡してみると、目に入ったのは、制服姿の中高生たちがノートを広げて勉強に取り組んでいる様子でした。
「みんな受験生なのかな……」
なんだか悔しくなってきました。虚しくなってきました。
自分と受験生は、なにが違う? どうして自分だけ人生を諦めないといけない?運命に抗うことも、逆らうこともできずに、孤独に死んでいくことが、どれほど悔しくて、虚しいことか。僕の心には、静かな炎が燈りました。
こんな不条理に負けたくない。
社会の犠牲になんかなりたくない。
誰にも知られず死にたくない。
残りの人生が限られているなら、地獄の道だろうがなんだろうが、逆境をすべて吹き飛ばして、生きてやる。
僕は、覚悟を決めました。あと1カ月。僕に残されていたのは、受験でした。
これまで進路を決断できなかった僕は、担任の先生に「志望校は今度決めます」と言って、受験勉強から逃げ続けていました。
しかし、僕だって中学3年生。マクドナルドで勉強する生徒と同じ、受験生です。人生を逆転させるチャンスがまだ残されていた。それなら、人生を懸けた挑戦をしてみようと思ったのです。
絶望すら希望に変えてしまうような挑戦。それはまさしく、日本最高峰の東京大学に入学することであり、そのために東大合格者を多く輩出する横浜翠嵐高校を受験することでした。
横浜翠嵐高校は、神奈川県トップの公立高校。塾や予備校に通わなくても、学校の授業だけで東大合格が目指せるという言葉を謳い文句にしていました。
これだけ難易度の高い目標なら、生きる意味を見出せると思った僕は、残りの時間をすべて勉強に捧げようと思いました。
いま振り返れば、このときの決断はあまりにも馬鹿げていました。「あと1カ月で死ぬかもしれないから、東大を目指そう」という発想は、頭のネジを何本外しても生まれないはずです。
だから、とっても不思議なのです。死の恐怖というものは、本当に運命を変えてしまうのかもしれません。
マクドナルドを飛び出し、急いで家に帰った僕は、その日のうちに両親に対して翠嵐高校の受験に挑戦したいことを伝えました。突拍子もない提案だったはずですが、なぜか両親は受験を快諾してくれました。
「どうせ1カ月後には、生きているかわからないんだ。最期くらいやりたいようにしなさい。応援しているよ」
こうして、僕の受験勉強は始まりました。
つぎの話>>「これからも生きていけるってこと?」一家心中を覚悟した家族に訪れた転機。難関校合格と、「生活保護」が決まった日
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■著者:清野孝弥(セイノ・タカヤ)
現役東大生。2003年生まれ。神奈川県横浜市出身。神奈川県立横浜翠嵐高等学校を経て、東京大学に現役合格。東京大学法学部を最優秀成績で卒業し、現在は東京大学法科大学院に在学中。ある警察官との出会いをきっかけに、「逆境に置かれている子どもたちに希望を届けたい」と考え、生活保護世帯のヤングケアラーとして育った経験を本書に記した。
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