「元カレ」との関係を断ち切れない既婚女性が抱える欲【不倫の精算 8】
満たされないから追いかけたいという欲
「今の関係で満足してるの?」
と尋ねるたび、Hさんは「だって、仕方ないじゃない」と繰り返す。
離婚する気はまったくないし、今の生活を手放してまで彼を手に入れたいわけじゃない。
「あの人も、私に離婚させてまで付き合いたい気持ちはないよ。この年で派遣だよ? 私と子どもとどう考えても養っていけないじゃん」
これが彼女の実感であり、「お互い都合のいい存在でいいんだってば」と言い切れるのは、彼の内面の弱さ、自分と同じ卑怯なところを十分に理解しているからだった。
それなら、なぜ結婚してからも彼を求めたのか。
Hさんは、ちらりと腕時計に目をやった。約束の時間はとっくに過ぎている。彼は現れない。
「あーもう、面倒くさ。またこっちからか……」
紙コップに残ったコーヒーを一気にあおり、大きくため息をついた。
バッグを漁り、車のキーを取り出すとテーブルに置く。あぁ、やっぱり行くんだな。そう思ったが、口にはしなかった。
不倫の関係になってからも、彼は変わらなかった。相変わらず彼女に愛情を伝えることはしないし、彼から連絡が来ることもない。それは自信のなさからかもしれないが、それでもHさんは彼を追いかける。
付き合っていた頃と同じように、彼女は今も満たしてもらえない。それが、Hさんの情熱を駆り立てる。
夫への罪悪感は今でも続いている。それは彼女が普段から家庭に尽くしている姿を見るとよくわかる。それでも満足できない。Hさんが彼へ向ける気持ちは、夫が与えてくれない不足感を補うもののようにも思えた。
彼を忘れられなかった理由は、この欲だと、Hさんを見ていると思う。満たしてくれないから追いかけたい。自分以外の女性が寄っていかないことも、彼女の独占欲を煽る。
「今日はありがとう。じゃあ、行ってくる」
Hさんは当然のように「行ってくる」と口にする。それに応える言葉が出てこない。
結婚しても、以前付き合っていた男性を忘れられない女性は多いだろう。
だが、満たされた結婚生活を送りながらも元カレと関係を持とうとするとき、そこには明らかに家庭では得られない何かがある。
Hさんの場合、それは自分を駆り立てる情熱だった。追いかけたい、と思うのは、付き合っていた頃も満たされなかったから。彼女が抱えている「愛されたい」という本当の欲は、いつ満足するのだろうか。
情熱が終わるとき、彼女はどうするのだろうか。
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