「体だけの関係」とわかっていても、抜け出せない40代独女の葛藤【不倫の精算 9】
欲はいつか飽きられる
「どこまでやるんだろうね」
食後に出されたコーヒーに口をつけながら尋ねると、I子は「さぁ」と肩をすくめた。
いや、「彼」じゃなくてあなたのことだよ、と思うがI子は気づかない。
「そのうちネタが尽きるよね」と笑う彼女だったが、ふと声が止まった。
見ると、両手を添えたコーヒーカップを覗き込むI子の顔は真顔だった。「馬鹿みたい」。ぼそりとつぶやく声は低く、視線はテーブルに置かれたスマホに流れる。
「写真なんかどうでもいいんだけどさ。どうせほかの女にも同じことさせてると思うし」
I子の様子に変化があったのは、彼に自分以外の女性がいることを知ってからだった。ホテルで過ごしているとき、スマホに通知や着信が来ると彼は決まってトイレに入った。一度気になって聞き耳を立てたそうだが、そのとき漏れてきたのは「お前だけだよ」とささやく彼の猫なで声だった。
私だけじゃない、という可能性に気がついたとき、I子の中に生まれたのは嫉妬ではなく諦めだった。
どんな写真を送っても、彼から返ってくるのは短い言葉だけ。ベッドでの交わりを予感させてくれるものだけ。そこに「愛」は見えない。
「別に、そこまで彼のことが好きなわけじゃないしね。こうやって馬鹿なことして楽しめればいいやって」
投げやりな口調で言うが、そこには「いつか飽きられる」という不安が見える。だから複数の女性が彼の側にはいるのだ。
彼女たちとたたかうつもりはない。神経をすり減らしてまで恋愛したいわけじゃない。ただ、体の欲望を満たして欲しいだけ。
写真を送り続ける彼女からは、そんな押し殺した声が聞こえてくる。
お互いの「欲」はいつまで続くのか。強くコーヒーカップを握る指にI子のわずかな葛藤を感じながら、次はどんな姿になるのだろうか、とさきほど見せられた写真を思い出していた。
本当に肉体関係だけで続く不倫も、もちろんあるだろう。
お互いに都合よく欲望を解消できていれば、不満もないかもしれない。
だが、I子はすでに飽きられる予感を抱えてしまっている。きわどい姿を見せつけることで彼の欲求を引きつけても、いつか終わるだろうという虚しさが、彼女の中に生まれた本当の葛藤だった。
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