家康も秀吉も経験した「籠城戦」。餓死者や城下町の悲劇を伴った、力攻めではない戦術の実態とは【NHK大河『豊臣兄弟!』17話】
「籠城戦」における備え・耐え方とは?
『豊臣兄弟!』の17話では、織田信長(小栗旬)に攻められ、進退極まった浅井長政(中島歩)は小谷城に籠城し、自ら命を絶ちました。 史実においても、籠城は多くの戦で取り入れられた戦術。その字のとおり、“城”に立て“籠”もり、敵の攻撃に耐えながら防戦し、勝利を目指す戦術のことです。
籠城で勝利するには、主に以下の2つの方法があります。
・敵が撤退するまで待つ
・味方の後詰(ごづめ)に敵を殲滅(せんめつ)してもらう
戦国時代前半は兵農未分離の時代でした。小一郎(仲野太賀)の故郷・中村の男たちがそうであったように、多くが百姓と兵役を兼務していました。農繁期には兵士らは戦場から自国へ引き返す必要があったため、籠城戦においては閑農期を乗り切れば勝利が見えてきたのです。また、包囲された城に救援の援軍(後詰)が包囲軍を撃退できれば、勝利をおさめることができました。
◆水や食糧の問題、城下町の様子、籠城戦の前に行われたこととは
この記事は
アメリカ文学研究/ライター
西田梨紗
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