「親との死別」悲しみは時間が解決する?友人の集まりで「家族の話に辛くなった」。その後、私の心に起きた変化とは
「父のことを話したい!」自分のホンネに気付かされた食事会
同じ頃、友人らからは「そろそろ落ち着いた? ランチでもしない?」という連絡がチラホラ入ってくるように。定期的に集まっていたメンバーとは、コロナ禍を経て数年ぶりの食事会。一瞬迷ったものの、「せっかくだから」と行くことに決め、当日も楽しい気分でお店に向かいます。
自分でも意外だったのが、席に着いた途端「父のことを話したい!」という強い気持ちが芽生えたこと。友人らが気遣い、あえて父のことには細かく触れず「いろいろ大変だったね……」と声をかけてくれたことは理解できたし、本当にうれしかった。
しかし、(引き続き気遣ってくれたのか)すぐに別の友人へと話題が移ったことで、「あれっ……私のターン、もう終わり?」と急に寂しくなったのです。もちろん、「父のこと、もう少し聞いて」と言えばよかったものの、なぜかそれができなかった。
各々が近況報告をする中で、家族の話題が出るのは自然なこと。ですが、当時はそれを快く受け入れる余裕がなく、親と旅行をした話などを聞けば、「うらやましい」「私はもう、父と旅行ができないんだ」との想いが頭の中を駆けめぐり、何となくモヤモヤしたまま時間が過ぎてゆきました。
振り返ってみると、こういった複数の人が集まる場に行くには、まだ時期が早すぎたのかもしれません。遺品整理と同様、「無理はしないでおこう」と決意。一方、1対1で積極的に人に会ってみると、ちょっとした変化がありました。
▶1対1の食事会を経て、私に起きた変化とは
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ライター
小林真由美
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